気持ちを込めて




"私がこれを書いている場所は、私を殺そうとした男の家だ。本来ならば、彼の帰りを待つ家族が居るはずのこの場所には、今は誰もいない。"


そう出だしに綴られた本が、沢山の本屋に並んだ。
まゆが書いた本だ。
全てを書き留めたその文書を読んだ部長が、これは雑誌でなんかでは出さず、ノンフィクション小説としてだそう、と推してくれ、その本はペラペラな雑誌ではなく立派な表表紙のある本と成った。

もちろん、本にはまゆの名前。
土方が気がつかない訳が無い。

ずっしりとしたその厚みのある本を手に取り、土方は感慨深げにそれを眺めるとレジへと足を向かわせた。
本なんて滅多に買わない。昔買った本の題名は「ダメ上司を支える本」や「扱いづらい部下との関係」だ。
ブックカバーと袋はいらない、と断ると彼はむき出しのまま本を小脇に抱えて近くの公園へと足を向かわせた。

丁度平日の昼間の公園は空いていて、堂々とベンチのど真ん中に腰を下ろすと煙草に火を点け、本の表紙を開いた。目の前に並ぶ活字。仕事で慣れているとは言え一瞬眠気が襲いそうになる。

だがしかし、これは愛おしい彼女の書いた文章。読まないわけにはいかない。既に彼女に会わず6ヶ月と言う月日が経った。自分が彼女と会わなかった月日と同じ期間が…。
大きく肺を広げ紫煙を吸い込むと、土方は一番最初のページに目を通した。


"これは、今まで私を護ってくれていた人に贈る手紙でもあります"


一番最初に飛び込んできた言葉は、真っ新なページの真ん中に一行、そう書かれていたものだった。
思わずトクン、と心臓が鳴る。その小さな心音が体の中心から指先まで振動する。そして体温が一度あがった気がした。
そこからはもう、時間が経つのなんか気にせず挿絵もない、活字だらけのその文に魅了された。





"私がこれを書いている場所は、私を殺そうとした男の家だ。本来ならば、彼の帰りを待つ家族が居るはずのこの場所には、今は誰もいない。
男は「正義」と言うものに命を奪われた。
「正義」とは一体なんなのだろう?
人の命を奪う「正義」とは、一体どんなものなのだろう?
男の帰りを待つと約束した家族。奥方は彼にこういったそうだ。「骨になってようが私と娘のいる場所があんたの帰る場所」。だけれども、骨は家族のもとへと返らないと知り…

これを書いている筆者は実は、長年命を狙われる立場にあったらしい。それを知ったのはここ最近で、何故知らなかったのかというと、その「正義」が私を護ってくれていたからなのだ。
気づかれないように、そっと、優しく、暖かく。けれども、私にはそれはとても残酷なものに感じた。
一方で人を殺し、一方で人を護り、「正義」を守りそれを形作る男。それは私を愛してくれた人だった。


(中略)


……だから私は私の正義を貫く為、筆を取りこの感情を言葉にする事を決めた。
例え、この本が私の愛する人の意にそぐわない物だとしても、この家族の事を書かずにはいられなかったのだ。

最後に、私を何も言わず護ってくれた愛おしい人へ。
ありがとうと、ふざけんなもう次はねぇぞ。と言う言葉を贈りたいと思う。
あなたの頭の中で私をか弱い女の子にしないで貰いたい。
もしも何か問題が起きれば私はあなたを置いて全速力で逃げます。こう見えてもヒールを履いていなければ足は早い方だ。
刀を握るのに邪魔で手が繋げないなら、あなたの服の端を摘みます。
周りの目が気になって外に出れないなら、牢屋でおままごとをしましょう。女の子は何時になってもおままごとが好きなんです。
私の安否が心配なら、完全在宅ワークに切り替えます。どうぞ首輪で繋いで監視してください。
私は強いです。それぐらいじゃめげません。私の生活からあなたが消えていなくなる方が私の息の根を止める。だからお願い。判断を見誤らないで下さい。
女は好いた男の為なら、ある程度の事は出来てしまうんですよ。
それが、私の「正義」です。あなたを守る為の、傍にいる為の、愛したいと思う「正義」です。

そして、最後まで私を諦めず見ててくれてありがとう。
PS・ストーカーは犯罪です。"




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