過去の資料


「なんの修行だ、こりゃ…」

先日の土方の殺し文句から数日。嫌でも彼と時間を一緒に過ごさねばならないと言う苦行にまゆのHPはほぼほぼ0になっていた。

「まゆさん、大丈夫ですか?」
「あ、山崎さん」
「なんか物凄い疲れてる顔してますね」
「マジっすか」
「あんま無理しないでくださいね」

縁側に座りノートPCのキーボードを叩いていれば、目の前に出されたのは饅頭とお茶。渋いセレクトだが疲れきった体と心に甘いものは最高の癒し。まゆは深々と山崎に頭を下げ礼を述べると饅頭にかぶりついた。

「そんな礼を言われる程のもんじゃ…ほら、この前のケンタッキーのお返しです」
「あぁ…そんな事もありましたなぁー」

あはは、と互いに乾いた笑いを一つ零すと、山崎もまんじゅうにかぶりついた。

「やっぱまゆさんがそんな疲れてるのって副長の所為ですか?」
「何分かりきった事聞いてくるんですか山崎さん」
「あ、すいません。そうですよね、副長意外ないですよね」
「本当、あの人困る…」

はぁ、と溢れる溜息。
それを眺めながら山崎は苦笑をすると「けどねまゆさん」と落ち着いた声色で話しかけてきた。

「あの人もそこまで馬鹿じゃないですよ」
「は?」
「まゆさんが本当に嫌がる事はしてこない筈です」
「……」
「心当たりあるでしょ?」

そう言われ彼の行動を思い出す。
確かに強引な事は多いが、本当に無理な事はしてこない。無理やり家にあがってくる事もないし、体に触ってくる事もあの一件以来了承を得てからしてくる。確かに、山崎の言う通り心当たりはある。

「副長もちゃんと見極めて行動してると思うんで、そう身構えなくてもいいと思いますよ」
「………」

そうはいえど、ぶっちゃけこの前の殺し文句から一件、ふとした瞬間に「十四郎好き」の気持ちが溢れ出てしまいそうになるのだ。溢れ出てしまったら最後、あの男に言いくるめられてまたお付き合いをする羽目になりそうで怖い。
だから嫌でも四六時中身構えていなければならない。

「ってかそろそろ認めたらどうでィ」

ふと背後から聞こえてきた声に後ろを向けばそこには沖田の姿。アイマスクを頭の上に乗っけて気だるそうだ。沖田は山崎とまゆを挟み込むように反対側へと腰掛けると縁側に足を放り出して大きく伸びをした。

「認めるって何を」
「土方の野郎が好きって事」
「…はぁ?!」
「バレバレでさァ」
「いや、ちょっ、沖田くん?!」
「好きなんだろィ?」
「いや違うから。好きじゃないから。そりゃ昔は好きだった訳だから確かに別れた今も情?はあるかもしれないけど!けど別にまだ彼の事が好きとかなじゃいから!」
「本当に?」
「本当に!!」

うわ、きっと今自分顔が真っ赤だ。

そう思いながらも必死に抵抗をしてみれば、褐色の瞳がふーん、と細められた。彼のこの目は嫌いだ。

「手ごわいですねィ」
「これでも自分から別れる事決めた訳だし。そう簡単な気持ちで縁を切ろうとした訳じゃないのよ」
「けど要はそうまでしなきゃダメだったって事だろィ?」
「え?」
「携帯も住むところの変えて…そこまで決別しなけりゃ土方への気持ちが抑えられなかったって事だろィ?」
「っ、」
「そこまで強いあの野郎への気持ちが…そう簡単に綺麗さっぱり消えるとも思えねぇんですけどねィ」
「…………消えるもんだよ」

やっぱり嫌いだ。このクソガキは目聡すぎて困る。

じっと見てくる瞳から逃げるように、まゆは饅頭を口いっぱいに放り込むとPCへと目線を戻した。口の中に広がるあんこの甘さを打ち消すように内頬を噛み締める。
隣で頑固婆と悪態が聞こえてきたが無視だ。
ってか人は年を取れば頑固になる生き物だ。今までの経験やしがらみ、色んな物がまとわりついて離れない。それを引きずって生きていかなきゃなんないのだから心も体も雁字搦め。頑固にもなる。

「んじゃ最後に一つ教えてくんな」
「……何よ」
「土方の野郎と別れて、あんたは一体何を守ったんでィ?」
「は?」
「あんた自身のプライド?体裁?」
「………何って…言うなれば、自分自身のプライド?あの人と一緒だと自分が惨めになったのよ。大っ嫌いな人間になっちゃいそうだったの」
「なら、今の自分自身は好きって事ですかィ?」
「……え?」
「今のあんたの心は満面の笑みで泣いちゃーいないって事ですよねィ」
「………、」

今の自分?

とすん、と。
彼の言葉が心の蔵を貫いたような感覚に陥った。
その彼の言葉が心にぽつんと穴を開け、そこを風が通り抜ける。
何とも不思議で、不愉快な感覚に、まゆは言葉を失うと黙って饅頭を齧ったのだった。














「まゆ、寝たか?」

隣の部屋から聞こえてきた声に、まゆは布団を頭までかぶると無言を返した。その無言が「寝た」を意味してくれたらしく、隣の部屋からもう声は聞こえず、その代わり襖の隙間から漏れていた電気が消えた。
ごそごそと布団の擦れる音が最後に聞こえると、隣の部屋からは物音一つしなくなった。
それを確認して、まゆはごそりと布団の中から顔を出した。
真暗闇の中、目を凝らせば天井の木目が見える。自分のうちは洋風フローリングで天井も壁紙を使用しているので見ることのない模様だ。あまり夜目の効かない目でじっと見つめると、まゆは徐に体を起こした。

部屋の窓も襖も全てしっかりと閉まっている。なのに何処からか風がぴゅーぴゅー入ってきている様な気がしたのだ。体に風が当たった訳ではない。ただ、なんとなく音が聞こえる気がする。

「………?」

体の中を風が通るような感覚にまゆはそっと己の胸に手を当ててみる。そこは、昼間沖田の言葉がとすん、と刺さった場所だった。

"今のあんたの心は満面の笑みで泣いちゃーいないって事ですよねィ"

泣いちゃいない。
むしろ清々している。
けれども、この感覚はなんなのだろう?

(とおしろう)

声には出さず、無意識に口が彼の名を形する。
きゅっと心臓が詰まるような、喉が詰まるような感覚に胸に置いた手がもがく様に服を掴む。
ひゅうひゅうと胸の中を通る風がウザったい。どんどんどんどん、その風の音がうるさくなっていく様な感覚にまゆは思わず彼の名をしっかり音にして出してしまった。

「……十四郎」

その瞬間、隣の部屋でごそりと布の擦れる音が聞こえ、何かが動く気配があった。
そしてすぐ襖のすぐそばで「まゆ?」と彼の声が聞こえた。
きっと、その襖を開ければすぐそこに彼が立っているのだろう。

「っ、」
「まゆ?今、呼んだろ?」
「、」
「どうした?まゆ」

本当に蚊の鳴くような小さな小さな声だったと言うのに、土方は即座に反応して声をかけてきた。きっと彼も眠れずこちらに意識を寄越していたのだろう。
けれども、声を掛けるだけで決して入ってこようとしないのは彼の気遣い。その事に内心ほっと息を付きつつ、まゆは再び胸元をぎゅっと握り締めた。

「そのまま…聞いて」
「あぁ」
「十四郎、」
「なんだ?」
「………寂しい」
「っ、」

カタっと襖に手をかけるような気配はあったが、開くことはなく、求めるような声で「まゆ」と名が呼ばれた。

「なんだろうね。何かね、私、さみしいの」
「それは……俺も同じだ」
「変、よね。自分が選んだ事なのに…自分で、十四郎と別れるって決めたのに……私、今、さみしいのよ」

気配はあるのに開くことのない襖に向かって話しかける。一枚の隔たりがあると言うのに、今土方がどんな顔をしているのか手に取るように解る。きっと思い切り眉をしかめて口をへの字にしていることだろう。

「今日、沖田くんに言われた。あんたの心は泣いちゃいないんだろ?って」
「…」
「確かに、泣いてなんかない。けど、ぽっかり穴が空いたみたいに風が通るの。その部分が寂しいって思うの」
「…」
「十四郎と別れた最初の頃は正直清々したとこんな感覚なんてなかった。なかったのに…時間が経つ事にどんどん…どんどん……」
「……まゆ」

それ以上、どう言葉を繋げていいかわからなくなったまゆが押し黙れば、今度は土方が話しかけてきた。夜の闇に溶けるような声で、まゆの感情を揺さぶらせる。

「まゆ、俺は……俺は、お前が思ってるより酷い男、なんだ」
「……………は?」
「だから、俺は酷い男なんだ」
「………………いや、知ってるし。釣った魚に餌やらない的な酷い男だって知ってるし」
「そうじゃねぇよ!!そうじゃなくてだな!!」

何をいきなり分かりきった事を言い出すんだ、と胸を押さえていた手が軽くなる。

「俺は!お前がどうなろうと、お前が俺の傍にいる道を偉だ!!」
「…は?」
「お前がこれから辛い立場になろうとそんなの構わねぇって!!俺の傍にいればそれでいいって!!そう思って……そう思ってお前に会わない6ヶ月間の期間を作った!!」
「へ?なにそれ?どういう事?言ってることおかしくない??傍にいるために会わなかった???」
「そうだ!それと正直に話すと!俺はお前が屯所にいるこのチャンスを活かして、このままずっと此処に居てもらうつもりだ!!」
「…………はぁぁぁぁあ!!??」
「監禁も辞さない!!」
「おいィィィィィィィィ!!??」

次々に出てくる土方の驚愕な考えにまゆは悲鳴をあげることしか出来ない。まさか正々堂々と監禁すると言ってくるとは思わなかった。
このままの勢いで襖を開けて入ってくるんじゃないか、と顔を青くして襖を睨みつけるが、言葉とは裏腹にピクリとも動かない襖。どうやらまだ彼にも理性と言う物はあるみたいだ。

「兎に角、そういうことだから!!」

じゃ、おやすみ!とでも言うようにどすどすと足音と布団の入るような音が聞こえ静かになった隣の部屋。
まゆは唖然とすると、胸に添えていた手をそっと下ろした。
不思議と、胸の中の風の音は聞こえなくなっていた。




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