困った時は土下座



「よう」
「………………ぶふっー!!」

まゆの口から盛大に吐き出されたビール。
ちょっと待てちょっと待て!!本当にストーカー?!てか発信機か盗聴器マジで付いてないィ!?
声をかけてきた相手にまゆは今世紀最大と言えるほどの動揺をした。

まずはきちんと説明をしよう。

今日の夜空けとけ、と勝手に言い渡してきた土方。それに抵抗するかのようにまゆは夜、家には帰らず居酒屋で酒を煽ってた。家を知られてしまっている以上、家にいるのが一番マズイと踏んだのだ。
だというのにこの土方と言う男、何故か自分が飲んでいた居酒屋を当て、今目の前にいる。これは発信機や盗聴器を疑ったって仕方がない。私の口からビールが吹き出るのだって仕方がない。
ダバダバと口からビールをこぼして唖然として土方を見やると、何食わぬ顔して隣の席に座ってきた。

怖い怖い怖いよー!!お父さーん!お母さーん!!私このストーカー野郎の殺されるかも知れないィィィィ!!!!

「……お前、何で家にいねーんだよ」
「……当たり前ですよね?いたら私殺されてましたよね?」
「はあ?!誰に?!」
「お前にだ」
「何でだよ?!」
「黙れストーカー。マジ怖いよ十四郎」

まゆの恐怖心など露知らず、土方は生一つと定員に注文をすると出されたおしぼりで手を拭い始めた。
この淡々とした動作が癪に障る。

「お前もう腹は一杯なのか?まだ食えるか?」
「いや、何一緒に飲もうとしてんの?帰ってくれます?」
「何でだよ、時間空けとけって言ったろ?」
「それに了承した覚えねーよ」
「お前最近俺に対して口悪くね?」
「自覚有りならマジで帰ってくれます?!口も悪くなるほど嫌がってんの分かんないかなー?!」

あれ?私本当にこの人好きなんだっけ?勘違いじゃない?だって今こんなにもイライラするんですけど!?

そう思いながら残りのビールを一気に飲み干す。
まゆの悪態を聞きつつも、土方は表情を変える事なく「それは出来ねェ」と言ってきた。なんなんだそりゃ。本当タチ悪い。

「んで?食うのか?食わねェのか?」
「…………もう食欲も失せた…」
「そうか」

お前の所為で食欲が失せたんだよ、と言う意味合いを込めて発言したが、それをあっさりスルーすると土方は出されたビールをごっごっと喉を鳴らし美味しそうに飲み始めた。
どうやら今日はもう仕事がないらしい。あればこんなに豪快に飲まないだろうし、彼の服を見れば私服の着流しだ。だが、一応「仕事は終わったの?」と確認しといた。他意はない。ただこの後仕事だったらこちらも彼の飲む酒の量を注意してやらねば、と思っただけだ。

「あぁ、明日は休みだしな」
「…」

別に休みかどうか聞いてない。だから何なんだよ。だからお泊りできますーってアピールか。お持ち帰りされたい女子か?!

「…休みだとしても、十四郎は真選組の副長で狙われる立場なんだからあんま飲みすぎないようにね。油断してると夜道をばっさり斬られるわよ」
「何だ?心配してくれてんか?」
「死ね」
「本当口悪ィな」

くくくっと喉を鳴らしながら笑う土方の上唇にはビールの泡がついていて、思わず釣られるようにまゆもくくくっと笑ってしまった。

確かに土方の言う通り、自分は口が悪くなった。
いや、けれども悪くなったのではなく、これが素なのだ。今まで、彼に嫌われる事に怯えぶりっ子をしていたに過ぎない。こんな口調で喋ったら嫌われてしまうのではないか、こう言う態度をとったら嫌われてしまうのではないか……好きと言う気持ちが、好かれたいと言う気持ちが、自分を可愛く振舞うように仕向けていた。
だが、今はそんな邪魔な感情がない。
どう思われようと構わないと言う事実が、素の自分を出してくれている。これが結構気楽でいい。

「……あ」
「え?何?」
「いや、楽しそうだなって」
「そ、そう?」
「あぁ。お前のその屈託のない笑い顔、久々に見た」
「っ、」

頬づえをつきながら、嬉しそうに酒の入ったトロンとした目でこちらを見てくる土方。

私だって久々に見たよ、あなたのそこまで気の抜けた顔。

そう言いたい気持ちを自分の理性がギリギリで食い止める。

あなたは私が好き。
私もあなたが好き。
なのになんなのだろう、今のこの関係は。
こんなにもこの顔を愛おしいと思うのに…
けど、きっとまた………。

「…十四郎も、変わらないね」

それだけ何とか紡ぎ出すと、まゆは「生追加で」と定員に注文をした。



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