職権乱用

カーテンからの木漏れ日が瞼に当たり、まゆは少し身動ぎをするとまだ寝ていたいと思った思考を浮上させた。
今日も天気は良さそうでカーテンの向こう側は光で溢れている。

起きるか…。

枕元に置いてあったスマホで時間を確認すると、目覚まし時計をセットした時間の5分前を指していて何だか勿体無い気持ちになった。

「あーぁ。あと5分寝てられたのに」

けれども目が覚めてしまったのだから仕方ない。
まゆは体にかかっていた羽毛布団を豪快に剥ぎ取るとノロノロと台所へと向かった。
冷蔵庫をあけてキンキンに冷えた2Lのミネラルウォーターに口をつける。お行儀が悪いかもしれないが自分しか飲まないのだ。問題ない。
ごっごっご、と喉を上下に動かし胃へと水分を流し込むと少し体がシャキっとした気がした。

「んー…今日は一旦会社に行くべきかなー?」

洗面台で歯ブラシに歯磨き粉を絞りだしゴシゴシと歯を磨きだすと、磨きながらリビングまで戻ってきた。そして仕事鞄から手帳を取り出すと予定を確認していく。
右手で歯を磨いている所為で手帳を開く手は左手になってしまい開きにくい。それでも器用に今月のカレンダー部分を開くと部屋に壁かけているカレンダーと照らし合わせるようにして確認した。

「ん。やっはひょうははいはひほう(ん。やっぱ今日は会社行こう)」

パタンと手帳を閉じたと同時に口からぼたりと泡がたれてしまった。このままでは大惨事になってしまう、とまゆは慌てて口を押さえると洗面所まで走っていった。











「おはよーございマース」

歌舞伎町の外れにある小さな雑居ビル。そこがまゆの務める会社だ。
天井は低いし何だかカビ臭い。けれどももう勤務年数8年。意外にも自由の利くこの仕事を気に入っている。

「おはよーございますまゆさん」

「おはよー望月くん。きみ家に帰ってんの?」

「いま電気止められてるんで帰ってませーん」

「ったくだらし無い」

会社のデスクに鞄を下ろすとソファーで寝転がる男が一人。部下の望月という男だ。
何だか銀時を彷彿させるぐらいだらし無い男で、こうして高熱費を溜め込み止められることもしばしば。その度に会社に寝泊りをしているのだ。

「君は一体何にそんなお金使ってんの?」

「競馬とパチンコ。たまにスロット」

「クズが」

銀時だ。まごう事なき銀時がここにもう一人いる。
だらーっとソファーで寝転がる望月を横目に自分のデスクを立ち上げると早速仕事に取り掛かった。
今この会社の中には自分と望月だけ。フレックス制の会社だからか皆ほとんど出社しない。こういうところが気に入っている。

「あーそうだまゆさん。今日の夕方の会議の資料メールで送っておきましたんで確認しといてくださーい」

「はーい」

「あとお腹空きましたー。何か朝飯買ってくださーい」

「嫌でーす」

「ひもじくて死にまーす」

「どーぞー」

「パワハラでーす」

「違いまーす。むしろ私が後輩にパワハラ受けてまーす」

「ってか本当まじで。まじでお腹空きましたっ!昨日から何にも食ってないんすよ!」

お願いします先輩!とこういう時だけ「先輩」呼びをしてくれるどうしようもない後輩にまゆは盛大なため息をつくと鞄の中から財布を取り出して『牛丼一杯だけだからね』と頭を擡げた。



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