昨日の敵は今日の友

「落ち着いたか?」
「………多分」
「そうか」

はァ、と面倒くさそうに溜息をつく男から殺気などは感じられず、どちらかと言うと、本当近所のおじさんみたいな感じだ。

「んでよ、もう一回聞くけどよ。嬢ちゃん本当に自分の命が狙われてたの知らねぇのか?」
「………はい」
「本当に本当か?」
「本当の本当に」
「…………そうか」
「…はい」

そう答えれば、しーんと静まりかえる倉庫に中。それが徐々に酔いを冷ましていく。
酔いが覚めれば出てくる素朴な疑問。何で自分は攘夷浪士に命を狙われていたのか、何故一年もその事に気がつかなかったのか。
そして、はっきりと酔いが覚めれば、一つの答えが導き出されて、はっと顔を上げた。
すると、目の前の男が不敵な笑みを浮かべていた。

「嬢ちゃん」
「…はい」
「愛されてんな」
「………、はい」

そう。
導き出した答えは、土方十四郎が、自分を護ってくれていたという事。
自分が怯えることの無いように、密かに護り、隠し、行動してくれていただけのこと。
そこから感じられるのは、自分を大切に想ってくれていると言う気持ち。愛おしさ。
自分は知らず知らずの内に、どれだけ彼に護られて生きてきたのだろう。

「敵ながら、いい男じゃねぇか」
「ふふ。はい」

じんわりと感じる胸の暖かさ。それにそっと手を添えるとまゆは「あの」と声を上げた。

「一つお伺いしても?」
「いいぜ?」
「土方十四郎が大怪我をしたのをご存知ですか?」
「あぁ」
「どういう経緯か、ご存知ですか?」

教える道理も教えてもらう道理もない。だが、聞かずにはいられない。それに攘夷浪士という者を知っているが、この男はその中でも話の分かる男だと思ったのだ。
現に、「敵ながら、いい男じゃねぇか」と土方を褒める様な発言をしている。

まゆの問いに、男は少し考えるように眉間にしわを寄せると「まぁ、お察しの通り、だな」と手短に述べた。

「嬢ちゃんの命を狙ってた攘夷は俺たちだけじゃねぇ。他にも大勢いた。本来なら、土方の首を狙うとこだが、何度やったってあの男は倒れねぇ…ならあの男の大事なもんを殺しちまおうとした訳だ」
「………」
「あの男には親もいねぇからな。殺されてへこたれそうな親類もいねぇ。そうなりゃ向かう先は一つ。あの男の女だ」
「……私、ですね」
「そうだ。嬢ちゃんを殺してあの男に一泡吹かそうって魂胆だ。俺らが受けた苦しみをテメーも味わえって…そういう魂胆から…嬢ちゃんを狙う連中は増えていった」

そりゃそうだろう。
戦いにおいて相手の弱みに付け込むは必須。その行動を非道だなんて口にすることは出来ない。
これは遊びではなくて、戦いなのだ。

「そんな中、その嬢ちゃんの命を狙う連中の制圧も出来てきてな。不穏分子はあと一つって時に、あの男は斬られた」
「………お腹の大きな傷はその時のものですか?」
「俺はその場にいた訳じゃねぇから詳しいくはねぇが。そうなんじゃねぇのか?数か月前の話だ。何でもその後、長い間見回りにもあの男の姿が見えなかったらしいから、よっぽどこっぴどい怪我でもしたんだろうな、と噂話は出ていたが」
「……………」

話を聞いて黙りこくってしまったまゆに、男は軽く咳払いをすると「女を護って傷を負うなんて名誉の負傷じゃねぇか」と言ってきた。
確かにそうなのだろう。
惚れた女を護って傷を負う。なんという美談なのだろう。
だが、そう簡単に纏められる話ではなかった。まるで魚の小骨のように、のど元を何かが引っ掛かる。これを美談として、「十四郎、ありがとう!」と纏めて良い物なのだろうか?いや、何かが違う気がする。
なんといえばいいのだろう。
この気持ちをどう表現すればいいのだろう?
自分を想って、隠し護ってくれていた事は嬉しい。だが、それとこれとは違う。
なんといえばいいのだろう。
自分は何と思っているのだろう。
あぁ、この気持ち。
一言で言い表すなら……

「……私をなんだと思ってんのよ…」

ぽろっと出てきた胸の内。
だが、口に出したその言葉は以外にもすっと自分の中に溶け込んでき落ち着く。
すると、目の前でその言葉を聞いていた男が目を丸くし、一拍置いて豪快に笑い出したのだ。

「がははははは!!嬢ちゃんも肝の据わった女だな!!!!」
「え?ちょっ、なんで、」
「いやいや、流石、あの鬼の副長といわれる男の女だと思ってな!」
「はぁ?」

今の一言の何が可笑しかったのだろう?と考えてもよくわからない。だと言うのに目の前の男は随分と楽しそうだ。

「いや、なんか女房を思い出しちまったよ」
「奥様ですか?御嬢さんと田舎で暮らしてる?」
「そうだ。俺の女房も肝の据わったいい女でな!俺が攘夷をやるから別れた方がいいって切り出した時、なんて言ったと思う?」
「?」
「"私を舐めんじゃないわよ!一緒に戦う事は出来なくとも、あんたの帰ってくる場所ぐらい護れるわ"だってよ。だからあんたの気持ちがすっきりしたら帰ってらっしゃいって。骨になってようが私と娘のいる場所があんたの帰る場所なんだからってよ」
「………素敵な、奥様ですね」
「へへ……だろ?俺には勿体ねぇぐらいいい女でよ」
「ふふ」
「手離してやったほうが絶対幸せなんだろうけど…どうにも、手離してやる事が出来なくなってな。娘と田舎で俺の帰りを待ってるよ」
「そうなんですね」
「きっと、嬢ちゃんの好い人もそうなんじゃねぇか?」
「え?」

そう聞き返した時だった。
倉庫の外で激しいブレーキ音が聞こえたのだ。

「おっと、こりゃやべえな」
「え?」
「旦那のお迎えらしいぜ?」
「は?」

そう言うと男は携帯を取り出し何やら指示を出すと、倉庫の裏口へと向かっていった。それにまゆが不思議そうに声をかける。

「あ、あの!わ、私はどうすれば?!」
「そうだなー。嬢ちゃんは…」

そういってボリボリと頭を掻いて裏口の扉に手をかける。

「次会った時に殺すわ」

そう言うと、じゃ!と真っ暗な裏口へと消えていってしまった。
はっと思い表のドアの方へと意識を持っていくと、先ほどまで扉の向こうにいた見張りも既にそこにはいないようで誰の気配もない。きっと先ほどの電話で撤退するように伝えたのだろう。そして、暫くその扉をぼーっと見ていると、けたたましい足音が一つ聞こえてきた。

「あはは、これ、十四郎の足音だ」

バタバタと、踵から地面につく歩き方。敵の陣地の中だというのに、足音を忍ばそうともしないその歩き方は自信の現われだろうか?そして、自分も足音一つで彼と分かるだなんて…と苦笑が出てしまう。

あぁ、全てを知ってしまった。あの怪我の事も、自分の命が狙われていた事も、それから必死に私を護ろうとしていた事も…すべて知ってしまった。
あの扉が開いて十四郎が入ってきた時、自分はどんな顔をすればいいのだろう?どんな顔を彼は求めているのだろう?
全てを隠してまで、私を傍に置いておこうとした人。そんな不器用な愛を知らず、繋がりを断ち切った自分。
もし、その繋がりがまだ切れていないなら…まだ修復が可能なら…私は…。



土方の足音を伏せ目がちで聞いていると、ふと昔の事を思い出した。
まだ引っ越す前のアパート。付き合い初めで、どのタイミングで合鍵を渡そうか悩んでいるぐらい昔。今日は忙しくて行けるかわからないとメールで連絡が来たが、深夜、時刻が変わろうとしているとき、玄関の向こうから慌ただしい足音が聞こえてきたのだ。
正直、何か不審者かと思ったがご丁寧になる呼び鈴に恐る恐るドアを開ければ、そこには汗だくの土方がいて、なんで誰なのか確認せずにドアを開けるんだ?!と怒られながら彼を招き入れた記憶がある。

「お前なぁ、誰か確認してからドア開けろ。何の為のドアフォンだよ!!」
「いや、呼び鈴鳴らして入ってくる犯罪者なんかいないでしょ?それに足音が」
「足音?」
「十四郎の足音。屯所でよく聞いてたからかな?分かるようになっちゃったんだよね」
「まじか。お前すげーな」
「こう…鬼のようにどすどすと…」
「おいこら、どういう意味だそりゃ」

玄関を入ってご丁寧に靴を揃えて脱ぐ彼は几帳面な性格なのだろう。足音も几帳面になればいいのに、などと思いながらまゆは快く彼を招き入れると「この後まで仕事なの?」と聞いた。

「いや、現場作業は総悟に任せてきたし、俺はもう今日は何もなしだ」
「んじゃお酒でも飲む?」
「その前にシャワー借りていいか?汗泥で気持ちわりぃ」
「どーぞ。この前置いてった着替え洗面所に出しておくから」
「わりーな」

そういって上着をポンとソファーの上に放り投げて洗面所へと向かう土方。少し埃っぽく汗臭いそれを手に取ると、まゆは丁寧にハンガーへとかけて、ファブリーズもしておいた。
徐々に増えていく土方の物。この部屋に来る度、何かしらを置いていき徐々に土方に侵略されていく気持ちだ。着替えだって今では一つではない。3〜4着はこの部屋にあるだろう。その事がなんだか嬉しくて、むず痒くて、まゆは急いで着替えを用意すると洗面台へと向かった。

「今日は会えた」

洗面台に着替えを置いて自分の手帳を引っ張り出すと、いそいそと今日の日付に丸を付ける。ここ最近日課になっている行動だ。
土方に会えた日には丸を付ける。ここ最近毎日のように丸がついている。もちろんお互い忙しいので会える時間は短いが、それでも顔を見れれば幾分か満足するし、満たされる。
自分って意外と乙女チックだったんだなーと思いながら、まゆは冷蔵庫の中を漁ると酒のつまみを用意する事にした。



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