過去の資料

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昨晩の監禁発言にビビりまくったまゆは、隊士たちが稽古をする道場へと出向いていた。

今まで、2年前の時もそうだが、稽古を行う道場へは基本入ったことはなかった。その理由は稽古の邪魔をしては悪いとかそんなものじゃない。そうではなく、今まで経験した事のないぐらいの汗臭さが故だった。
一瞬にして鼻がへし曲がるのではないかと言う程の汗と男たちの匂い。これが苦手でまゆは道場への立ち入りを断固拒否していた。
だが、何故今回はその道場へと出向いたかと言うと、昨晩の土方の監禁発言の所為だった。
もし一人でいるところを見られれば、そのまま誰にもばれずに拉致されてしまうのでは?と言う考えから常に人が多い所、もしくは誰かの傍にいようと考えたのだ。
そして今、見回りなど仕事をしていない隊士の殆どが道場にて稽古中。よって仕方なくまゆも道場へと足を運んだ。

せい!せい!と汗を流しながら男たちが竹刀を振るう。その中に土方の姿もあり、一瞬心臓が止まるぐらいびくっと身構えたが、当の本人は道場にまゆが来た事に気が付いていないのだろう。こちらを見る事なく素振りを繰り返していた。

綺麗な黒髪が汗に濡れ、動く度に毛先から雫が落ちる。匂いさえ嗅がなければ格好いい姿なのだろう。イケメン土方とて、稽古後の匂いは凄まじかった。
けどま、写真じゃ匂いはわからないしな。そう思いながら、まゆは仕事もこなしてしまおうと一眼レフを構えると、一心不乱に稽古に励む隊士たちの姿を数枚、写真に収めていった。

「一旦手を止めー。休憩ー」

その声に全員の手が止まり、各々水分補給や汗をぬぐい始めた。無意識についっと土方の方を見れば、豪快に道着の上を脱ぎ、首にタオルを掛けペットボトルの水をごっごっと喉を鳴らし飲んでいた。
いやはや、いい体をしてらっしゃる。
あの体に抱かれてたんだよなー。そう思いながらぱしゃりとカメラのシャッターを切れば、切れ長の目と目があった。

「……お前な…撮るなら撮るって言え」
「さーせーん」

昨日の監禁発言などなかったかの様な普通の態度の土方に、ついついまゆも普通の態度で返してしまって「いや、違うだろ」と心の中で突っ込んでしまった。

「それにしても珍しいな。お前が道場来るなんて。前は嫌がってたろ?」
「今だって嫌だけどやむにやまれず…」
「は?なんだそれ?」
「お前の所為だろコノヤロウ」
「は?」
「何でもございませーん」

これ以上話してても埓があかない、とまゆは土方から目線を外し、撮った写真の確認をしようとカメラを持ち替えた。そしてカメラの小さなディスプレイで撮った写真を確認しているとき、ん?とある事に気がついたのだ。それは土方の腹の傷。
最後に撮った彼の上半身裸の写真。その中の彼の腹にはそこそこ大きな傷があったのだ。いつの間にこんな傷を?と思い、カメラから視線を彼へと戻す。すると写真と同じ場所にはっきりと傷があったのだ。あれは刀傷だろう。

「…十四郎?その傷、どうしたの?」
「は?傷?………、あ、あぁ。これか?」
「そうそれ。そんな傷あったっけ?」
「前に、ちょっとな」
「私と付き合ってる頃にはなかったわよね?それに…なんだか新しそうな…」

そう言って一歩、土方に近づこうとした瞬間。少々焦った様な装いで脱いでいた道着を着込みだしたのだ。これはきっと触れて貰いたくない事なのだろう。

「……十四郎?」
「さて、練習再開するか」
「……」

何か隠してる。
それは明確で、まゆは再び稽古を再開しだした彼らからカメラへと視線を戻すと、土方の腹の傷の映った写真をじっと見つめた。
この傷は付き合っている時は確実になかった。別れてからの傷にしては塞がりすぎているので、連絡が一切なかった頃に受けたものなのだろう。

「…………会わなかった時に出来た…傷?」

その事にくっと眉間に皺が寄る。
せい!せい!と再び始まった素振りの掛け声を聞きながら、まゆは開けてはならないパンドラの箱を持ったかのように、ピクリとも動かずカメラの中のその傷を凝視してのだった。








「え?2年前の取材以降の資料が欲しい?」
「うん、そう」

稽古が終わった後、その足でやってきたのは近藤のいる局長室。まゆの言葉に近藤は難しそうな顔をすると「ちょっと待ってて」と彼女一人部屋に残しどこかへと行ってしまった。
待てと言われ仕方なくそのままその場で待つ事30分。「お待たせ!」と戻ってきた近藤の横には隊士が2人。3人で大量の資料を抱えていた。

「え?」
「これ、2年前以降の資料!これが欲しかったんだろ!」
「あ、はい。そうです、ありがとうございます」

少し埃まみれになって、にっと笑う近藤に頭を下げる。だが正直、欲しかったのはその資料ではなく資料庫の鍵。ちょっと目論見が外れた、と顔を顰めたが彼の好意を無駄にも出来ず、その資料の山を自室に運び込んでおいて貰うよう頼んでおいた。
先ほどの近藤の表情からするに、土方同様、何かを隠している。きっとこの資料の山の中に自分が欲しい資料は何一つ入ってはいないのだろう。

そう、まゆが欲しかったものは正確には資料庫の鍵でもない。そうではなく、土方のあの腹の傷に関する資料だ。

"自分と会わなかった期間に出来た傷"というのがどうにも引っかかる。それにどう見たってあの傷は致命傷になるような傷だった。大きく、抉れる様に腹に刻まれた傷。
先日、土方と体を重ねた時は酔っ払っていて傷の事など何一つ覚えていなかったのが悔やまれる。もっと早くにあの傷に気がつきたかった。

部屋に運ばれた大量の資料の山。きっと彼の傷に関しての物は抜かれているだろうが、まゆは念のため…と一番新しい日付が記入されている物を手繰り寄せた。

「………やっぱ書いてないか」

仕事上、速読は得意な方で。パラパラパラっと分厚いファイルをめくりながらページに目を這わす。だが、そこにも土方に関する負傷の項目はなかった。
ならば、と手に取るファイルのジャンルを変えてみる。
資料の山の中に一緒にあった勤務表だ。これには隊士たちの一日の勤務体制が書かれている。そのファイルを手に取るとざっと目を通し始めた。

「……っ、ビンゴ」

目を通した勤務表には3ヶ月に渡って土方の名前が記載されていない所があった。その時期は自分に連絡を一切寄越さなかった期間と被る。

「……なる程、ねぇ…」

何となく理解した空白の6ヶ月間。だが、断定出来るような証拠はまだない。けれども、自分の判断は間違ってはいないだろう。
はぁ、と口から出てきた空気は自分が思ったより重く、地を這うようだ。

単純に考えれば、土方が連絡をくれなかったのは3ヶ月間に渡り仕事ができない程の怪我を負っていたから、と推測される。あの仕事人間がただ単に3ヶ月も仕事をしなかった、とは考えにくい。怪我で動けなかったと考えるのが妥当。それにそれを証拠付ける程のえげつない傷が彼の腹にはある。

「………何で、誰も何も言ってくれないのよ…」

そこから生まれたのは不信感。
正直、何も知らなかったのに別れるなんて切り出して申し訳なかったな、と思わない事もない。
だがそれよりも、何故その事を教えてくれなかったのかと言う不満。そして何故それを隠すのかという不信感。自分があくまで恋人で、家族でも何でもないからだろうか?それなら怪我した事を言わなかった、と言う意味は解る。けれども今も尚、その事を隠そうとする意味が分からない。
ならば、あの土方の怪我はただ攘夷浪士に斬られて怪我をした、だけではないのではないだろうか?
そこには自分に隠さなければならない秘密があるのかもしれない。

「…………」

これは仕事病だ。知らなければ気がすまない。
どうにかしてこの怪我の真相を探ろうと心に決めると、まゆは見落とし箇所がないように、資料をもう一度最初から丁寧に読み返したのだった。



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