真選組屯所


「ってか、怒った、か?」
「え?」
「勝手に…連絡先を…」
「あぁ、そりゃ。まぁね」

申し訳なさそうに頭を撫でられながら上目遣いで見てくる土方。それに若干軽めに返した。
怒ってないと言えば嘘になるが、きっと最後までばれずに…というのは無理だっただろうと自分でも理解している。
共通の知り合いも多いし、きっとどっかから漏れるだろうとは思っていた。まさか金を払ってあの大嫌いな銀時から情報を得るとは思わなかったが。それほど、彼も切羽詰っていたのだろうと思うと、なんだか申し訳なくなってしまう。

「その…すまねぇ」
「いや、けど、うん、まぁ、そこまで怒ってはないよ。どうせすぐどっかから漏れるだろうなとは思ってたし」
「そ、そうか」
「けど、警察として恥じるべき行為なので反省はして下さい」
「お、おうっ、」

ふふっと笑みを零して注意をすれば、目の前の男は素直に頭を下げてきた。
なんだか本当にこのやりとりが懐かしい。特に今いるのが真選組の副長室だから尚更なのだろう。
そう、二年前もこうしてここで二人で話を沢山した。
もちろん話の内容はもっぱら仕事の事で、血なまぐさい話ばっかだったが、どうやって真選組が結成されたとか、そこからどうやって武勲を挙げたとか…好きだ愛してる以外の話をここでは沢山した。

そんな血なまぐさい話ばかりだったというのに、いつの間にか自分たちは互いに惹かれあったのだ。
私は土方十四郎の男気溢れる生き方が好きだった。真選組の為、近藤勲と言う男の為、その命を削ってまでも尽くそうとする姿勢がただただ眩しく格好よく映った。そして、その中に自分も入りたいと思ったのだ。
だからといって真選組も近藤さんも押しのけて自分の為に尽力して欲しい、という訳ではない。ただ、その彼の守るものの片隅に、自分もちょこんと入りたいと思ったのだ。

そして、自分も彼を支えたいと思った。

何かの為にまっすぐ前を見る彼の支えに…。いつでも彼がまっすぐと眼前を向いてられるように、自分も彼を支えたいと…。

「……………、」

そうだ、最初の頃はそう思っていたじゃないか。彼を支えたいと…。
けれども何時からなのだろう?
その気持ちが薄れてしまったのは…
もしその気持ちが薄れずあれば、仕事だからと自分に会わない彼を責める事はなかっただろう。何故メールの一つもくれないのだと責める事はなかっただろう。
何時から、自分は彼への好意の形を変えてしまったのだろう?

「…まゆ?どうした?」
「……ううん、ただ…なんかこうして此処で二人で話してるの、懐かしいなって」
「あぁ、そうだな。前はこうしてよく此処で話をしてたな」

もし、自分の好意の形を変えていなければ、今も彼と付き合っていたのだろうか?

「なぁ、まゆ」
「ん?」
「昔の話をしたら、嫌がるかもしれねぇが…してもいいか?」
「…どうぞ」

もう一度、私が最初の時の様な心を取り戻せば…。

「"俺たち、付き合ってみっか?"」
「!」

ぴくりとまゆの肩が揺れる。
このセリフはこの部屋で、彼が自分に言ったセリフだ。そして自分たちが付き合うきっかけとなったセリフ。

「今考えればもっといいセリフがあったよな。そう思わねぇか?」
「確かに、軽かったわよね」
「だよな」
「けど、それで良かったのよ」
「けど、今なら俺は違うセリフを言うな」
「そうなの?」
「当たり前だろ?流石にセリフに重みがねぇ。お前よくこんな言葉で頷いたよな」
「人の所為にしないでくれる?じゃぁ今ならなんていうの?」
「うーん、そうだな」

軽く唸ってタバコに火をつけると、盛大に煙を吐き出しまっすぐとこちらを見てきた。そして全ての煙を吐き出すとコホンと小さな咳払いをした。

「結婚を前提にお付き合いをお願いします」
「重っ!」
「あ?!なんでだよ?!」
「重いわよ。まだ付き合ってもいない、まして友達でもない仕事関係の人間に?!いきなり結婚?!」
「けど嘘は言ってねぇ。それなりの決心はある」
「いやいや、重いって。重すぎだって」

ないない、と目の前でパタパタと左右に揺れる彼女の手を土方はパシッと掴むと「けどな!」と少し声を強めた。

「今回の事でよーく分かった」
「へ?な、何が?」
「付き合うなんて形だけだ」
「え?は?どういう意味?」
「いとも簡単に逃げられる」
「は?」
「だから、法的手段でも何でもいい。お前が俺から逃げれない手法を取るべきだった」
「…え゛」
「そうすりゃ、お前は俺の隣に今も居たはずだろ」

なんだこいつは。ロマンチックな事を言っているようで言っていない。軽く法的に監禁する的な発言に聞こえてくる。
ぎゅっと握られた手の強さに、そして彼の真剣な眼差しに、背筋が冷や汗が吹き出した。

「確かに俺の一番は近藤さんや真選組だ。何があってもこれらを俺は守り通さなきゃなんねぇ。それが侍として生きる俺の道だ」
「そ、そうよね。うん、それは私も知ってる」
「正直、その対象の中にお前はいねぇ」
「っ、それも…知ってる」
「けど、それとは別のところで、お前は大切な存在なんだ」
「、」
「お前は俺が守るべき物じゃねぇ。いや、もちろん何かありゃ守るが…そうじゃなくて、」

うまい言葉が出てこないのだろう。眉間に皺を寄せ、拙い言葉を出してくる土方にまゆはまっすぐと目を向けてみる。すると、獣の様な猛禽類の様な、その鋭い瞳に射抜かれた。

「お前は俺の一部なんだ!」
「っ、」

はっきりと耳に聞こえてきた言葉にまゆの心臓がきゅうっとしまる。
掴まれていた手が解け、今度は恋人同士のように指をからませてきた。ちょっとやそっとじゃ解けないぐらいキツク絡まる指。そして少し官能的に彼の指の腹が手の甲を撫でれば、無意識に腰が疼いた。

「俺と一緒に真選組を守ってほしい。俺と一緒に近藤さんを守ってほしい。俺の傍に居て欲しい。常に隣に…俺と同じように歩んで、俺と一緒に時間を共有して、俺の一部になって欲しい」
「…十四郎、」
「現実的な物言いじゃねぇのは分かってるが…出来る事ならこのまま絡み合って溶け合って、自分の中に取り込みてぇ」
「エイリアンか」
「いいから黙って聞け」
「……」
「俺の本能が、全細胞が、お前と離れる事を嫌がってんだよ」
「……」
「本当に、無性に、ただただ、お前が欲しい」

此処まで色男に言われて落ない女はいないだろう。
斯く言うまゆもその女の中の一人らしく、正直落ちた。
頬は上気し熱い、握られている手も汗でベタベタだし、心が歓喜した所為か震えている。

あぁ駄目だ。きっと今自分は恋する女の顔をしているのだろう。その自覚があった。

「……まゆ」
「と…しろ」

彼のもう片方の手がさらりとまゆの前髪を横へと流せば、潤んだ瞳がお目見えした。彼女の女の顔をみて、いささか嬉しそうに微笑む土方。
誤魔化しきれない。
心の片隅にへばりついていた土方への恋慕が彼の愛を吸い込み大きく膨れ上がる。
そして、その反応を待ってましたと言わんばかりに、前髪を流した彼の手が頬へと添えられた。

「まゆ」
「っ、」

近づく唇。嬉しそうな顔。
あぁ、ダメよダメ!と頭の中で警笛が鳴る。だと言うのに、自分の唇は彼の唇を受け入れるように薄く閉じられる。

「まゆ、好きだ」

その距離数センチ。
自分の中の気持ちに整理がついていないのに、彼を受け入れていいのだろうか?
先日だって、酒の勢いもあって体を重ねると言う事をしてしまったばかりなのに。
酒に酔っていない今。彼の口づけを受け入れると言う事は、彼自身を受け入れると言う事になってしまうのだろうか?寄りを戻すと言う事になってしまうのだろうか?
確かに今自分は彼の告白に嬉しかった。やっぱ好きだ、と思ってしまった。
けれども…本当にやり直せるのか?
一時の感情に身を任せて、また同じ事の繰り返しになるのではないだろうか?

警笛の音が更に大きく鳴る。


「っ、ごめん十四郎」
「いっ!?」

そう言うと、まゆは握っていた彼の手に思い切り噛みついて、逃げ込むように隣の自室部屋へと戻っていったのだった。



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