職権乱用

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「あ」
「げ」

牛丼屋の自動ドアがあいた瞬間、まゆは思いっきり顔を顰めると店内にいた男から目を反らせた。

何だか最近よく会うなぁ…とあたかも自分はあなたの存在に気がつきませんでしたよー的な感じで行こうとしたのだが、それは相手に無碍にされてしまった。

「まゆ」

「……どうも、おはようございます沖田くん、十四郎」

「どーも。ってか男と一緒だなんて、朝チュンですかィ?」

「?!」

「朝チュンって言葉を検索してから発言してくれる沖田くん」


牛丼屋にいたのは土方と沖田。
別れるまでの6ヶ月はこんなお店で偶然にも会う、なんてことは一度たりともなかったというのに。別れてからこうして偶然に会うことが多くなった。キャバクラ然り、牛丼屋然り、道を歩いているとすれ違ったりと遭遇する確率が高い。こうなると別れるまでの6ヶ月間、一度たりともこうして会えなかった事が不思議で仕方ない。
そんな事を思いながらまゆは彼らと一番遠い席に腰掛けた。

「まゆさんの知り合いですか?」

「そうそう」

「あの制服って真選組ですよね?」

「そうそう」

「しかもあの黒髪のって鬼の副長って恐れられてる土方って人じゃ…」

「そうそう」

「うわっ。マジっすか!まゆさんそんな人と知り合いなんすか?!」

「そうそう」

もう"そうそう"しか言ってない。
その理由は簡単で、自分の背後から射殺さんと言わんばかりの殺気が放たれているからだ。これを感じず喋りまくる望月も凄いな、と感心してしまう。

「まゆさーん、まゆさーん。何でそんな遠くに座るんでさァ。俺らの隣空いてやすよー」

「お構いなくー」

背後から殺気と一緒に聞こえてきた声にまゆは振り返りもせず返事を返す。

「どうせなら相席しやせんかー?」

「お構いなくー」

「つーかマヨネーズの野郎がさっきからイライラしててかなわねぇんでさァ。こっち来てくだせぇ」

「おいこら総悟!」

何回お構いなく、と言ってると思ってるんだ…と頭を擡げると目の前の望月がそわそわしながら「相席でも俺はいいっすよ」と言ってきた。一人は殺気を飛ばしてくるし一人は口を挟んでくるしで彼も落ち着かないのだろう。他の客の迷惑にもなるし此処は自分が折れるしかないのか…とまゆは『ごめんね』と望月に軽く謝ると土方たちのボックス席へと移動をした。

「やーっと来た」

「しつこいのよ沖田くん」

「しょーがねーじゃねぇですかィ。見てくだせぇこの瞳孔かっ開き野郎を」

「は?!俺の何処が瞳孔かっ開きなんだよ!?」

くわっ!と見開かれた瞳孔。その瞳孔だよ、と突っ込みたいのをぐっと我慢するとまゆは沖田の隣へ、望月は土方の隣へと腰を下ろした。若干、沖田の横に座ったまゆに土方の口が尖ったが気にしない。

「ってかこんな時間に牛丼って豚になりやすぜ?」

「私が食べたくて来たんじゃないわよ。後輩の望月くんがお腹空いたっていうから」

「さーせーん。先輩あーざーす」

「んで先輩として奢ってやるために連れてきたってわけですかィ。いやーいい先輩でさァ。てな訳で俺の分もおなしゃーっす」

「何がおなしゃーっすだ。何で後輩でも何でもない沖田くんにご飯奢らなきゃなのよ」

「此処で会ったのも何かの縁って事で」

「断ち切りたい縁だわ」

お待たせいたしましたーと店員が持ってきた牛丼2人前。望月に奢るためといいつつまゆもしっかり一人前は食べる気でいるようだ。
さてさて、牛丼には紅しょうがよね〜とテーブルの端にある紅しょうがの容器を取ろうと手を伸ばすと、それに気がついた望月は「あ、はいどうぞ」と言って箸を渡してくれた。うん、ありがとう。けど欲しいのはこれだけじゃない。そう思って軽く礼を伝えもう一度手を伸ばそうとした時だ。「ん、」と言って土方が紅しょうがの容器を渡してくれたのだ。

「…………」

「?何だ?違ったか?」

「いや、あってる。ありがと」

「あぁ」

「……………」

受け取った容器を片手に思わず土方の顔をじっと見てしまった。
まさか、自分が何を欲しいのか理解してくれてるなんて…。

土方と牛丼屋に入った経験は一度だけ。その時に『牛丼には絶対紅しょうが!』と話をしたことがある。その事を彼は覚えていたのだろう。
その事が何だかむず痒くて、まゆは誤魔化すように大量の紅しょうがを牛丼へと投入させた。




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