仕事の所為にするな



「私、もう無理。出来ない土方さんの彼女。別れたい、ってか別れる!今までありがとうございました!」

「え?!お、おい?!ちょ、は?!な、なんで?!さ、さっきのあれは山崎って分かってんだよな?!じゃぁお前が怒ることなんて……」

「そうだよ。一瞬で山崎さんだってわかったよ。一瞬で囮捜査でもしてるんだってわかったよ!!」

「じゃ、じゃあ!!」

「けどね!すぐそう判断出来ちゃった自分が嫌だったの!もし、本当に土方さんが浮気をしてたとしても、私きっと今日みたいに囮調査なんだろうなって…仕事なんだろうなって思っちゃう!!」

「え?」

「仕事で忙しいから…メールも電話も会う事だって我慢して…土方さんに文句の一つも言いたいのに"仕事だから"なんて言われたら私は我慢するしかないじゃない!!納得するしかないじゃない!!」

「…っ、まゆ」

「私に関心がなくなってきたならそう言えば良いじゃない!全部仕事を理由にしないでよ!」


言い切ってやった。
こんなにこの人に対して声を荒らげたことなんか今まで一度もなかったのだが、喉が切れるのではないかと言うほど声を張り上げて叫んだ。お陰でぜいぜいと息が切れ、肩が上下に動いている。

山崎の件だってそうだ。一言、こういう囮調査があるから女装した山崎と街にいる、と言ってくれればいいのだ。それが相手に対する気遣いだろう。けれども、彼はきっとそんな事する価値もない、と踏んだのだ。万が一見られて勘違いされようが、どう思われようが関係ないと。
その事が悔しくて悲しくて、惨めで…
まゆは顔を上げることが出来ず、地面を睨みつけたまま、また涙をポロポロと零した。すると、不意にタバコ臭い手が優しく頬に触れてきたのだ。


「馬鹿。勘違いしてんじゃねーや」

「……は?」

「お前に関心がなくなってきた、だぁ?逆だ逆」

「え?」

「メールすりゃ声が聴きたくなる。声を聴いたら会いたくなる。会えば抱きしめたくなる。抱きしめりゃ突っ込みたくなる…これの何処が関心ねぇんだよ。思いっきり依存しまくりだろ」

「…」

「歯止めが利かなくなったらヤベぇだろ。つーか歯止めなんて利かねぇんだよ。だから色々我慢してるってーのに」

「…え、っと」

「けど、そうだよな。お前に余計な心配かけちまったな。わりィ」


そう言ってぎゅっと土方の腕が体に回てきた。だがしかし、着ぐるみの為、その密着度はかなり薄い。


「……あ、の…ごめん。私、自分の事しか頭になくて…」

「いや、俺もオメーの事いえねぇだろ」


そう言ってコツンとお互いのおでこをくっつける。


「それにしても、今の言葉効いたわ」

「え?」

「今まで女に"仕事と私とどっちが大切なの?!"なんて言葉は言われてきたけど…"仕事のせいにすんな"なんて初めて言われた」

「………なにそれ。元カノ自慢?自分モテてた自慢?ぶっ殺していい?」

「嫉妬したか?」

「そんな事いう女と同じ土俵に立つ気もないわ」

「流石」


オデコの次は鼻先。そして唇の順番で肌が触れ合う。
絡まる体と吐息と唇に、体の中のドロドロしていたものが、ドキドキと綺麗な鼓動に変わっていく。
それを全身で感じながら、まゆは今日の夜は何が何でも絶対私の家に来ること!と約束を取り付けると濡れそぼった瞳で綺麗に笑ったのだった。











「……………ん、」


ぼんやりとした視界。
障子の隙間から木漏れ日が入り、天井を綺麗に照らしている。その事に土方はゆっくりと顔を傾けると枕元に置いてあった目覚まし時計を見た。

「…もうこんな時間か…」

そうつぶやきゆっくりと体を起こす。
するとぽたりと何かがはだけた布団に溢れた。
一体何だろう?と寝ぼけ眼を凝らして見れば、何かが溢れた布団に小さな染みを作っていた。

「………」

その事に徐に自分の頬に手を当ててみると、そこには濡れた感触が…。
そして理解した。
あぁ、自分は泣いていたのか…と。

その理由は至極簡単で、今さっきまで見ていた夢のせいだろう。いや、夢というか随分前の記憶だ。猫の着ぐるみに入っていたまゆの思い出。今から6ヶ月以上も前の記憶だ。
その思い出を夢にみて自分は涙している。案外情けないものである。

「……自業自得、だよな」

先日、まゆから別れを突きつけられて以来、毎晩のようにこうして昔の夢を見る。
全て最近の夢ではない。全て6ヶ月以上も前の思い出。そもそも彼女が言うようにこの6ヶ月間、彼女に会っていない。と言うか彼女が言うように連絡もとっていなかった。
今回夢に見た出来事の所為にするのはおこがましいかもしれないが、あんな事があったので互いの気持ちをよく理解したと思っていた。その思い込みが連絡をする事を怠ると言う行動になってしまった。
そもそもあの時言われていたじゃないか。「仕事の所為にするな」と。
だが、その後の仲直りの所為で気持ちだけが無駄に安心し、行動が疎かになってしまった。

だが、今更悔やんでも遅い。
もう彼女は自分との縁を全て断ち切ってしまったのだ。

携帯も解約、あまつさえ家も解約し引っ越している。

そんな事にも長いこと気がつかなかった自分はなんと愚か者だろう、と思う。
だが、仕事が忙しかったんだからしょうがないじゃないか。自分の恋人なら理解しろ、と心の何処かで思っているのも正直なところで…。

だから振られたんだよな…と情けない声を上げると、土方は寝ていた布団をたたみ始めた。




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