▼本当の卑怯者(閻→夕)
01/17 21:46(0

猫を抱いた彼女を初めて目にしたときから、胸に引っかかりというか、味わったことのない感情が渦巻いていた。

彼女の姿を描くだけで、胸が鷲掴みにされたような苦しさ、それに混ざって、甘い快感が俺を飲み込む。
ドクドク、真っ赤な血液が体中で走り回って、息が詰まって苦しくて、寂しくて……。
何、これ?


彼女の内面だとか、俺への気持ちだとかは、知らない。
ボロボロの見た目とか、ぼさぼさで手入れのはいってない髪とか、吐血しっぱなしは、関係ない、はず。
他の死者達とは違う何かを感じた。
この、苦しみ、と一言で形容し難い感覚が何よりの証拠だ。
それだけなんだ。

きっと、恋だ、これは。


しかし、好きな人が出来たからといっても、彼女の事を何も知らないし、何をすればいいのか全くわからない。
とりあえず、閻魔帳をもう一度開く。
…え、枝に刺さって死亡…? 変わった人だな。
しかしながら、一言にアプローチと言っても色々ある。

話しかけるのは?
いやいや、ほぼ初対面でいきなり理由なく話しかけるのはどうなんだ。
…俺の考えすぎだろうか。とりあえず、これは保留。
いや、別に、照れてる訳ではないんだ!!違うぞ!違うから!

…告白しちゃう?
いやいや、急ぎすぎだろう。もっとオトナの余裕を持とう。
だから、これはなし。

プレゼントは?
チョコとか飴は食べかけしかないし。
ああ、天国の花と、素敵なドレスがあるじゃないか!
「君にはセーラーとポピーがよく似合うぜ」ってかっこよく言いながら渡して、それからスーパーイチャラブタイム!
完璧だ。
そうと決まれば、早速行動。
「待っててねー!ハニー!」
意気込んで猛ダッシュする閻魔の背中を刺す、一つの目線があった。
それは一度彼の方へと砂をジャリ、と踏みしめた。ほんの小さな始めの一歩を躊躇ってしまった。


一方、閻魔はというと、自室のベッドの上で唸っていた。
彼の前にはお気に入りの数着のセーラー服が並んでいた。
彼女ならベタに清純派な白に青ラインかな、いや、小悪魔系で黒に赤ラインでもありかもしれない。いやいや、かわいくポップな紺に紅も捨てがたい。
「あー、どれもかわいいよ!」

体を投げ出し、愛しの彼女が着る予定のセーラー達に飛び込んだ。
チラリ、と先ほどまで自分の頭があったところを見る。閻魔はしてやったりな顔である。
そこには鋭く光る、長い爪。「今回は避けれたよ。背後からなんて、卑怯だね。」

爪、腕、肩、首、辿っていくと、忌々しげな表情をした閻魔の秘書、鬼男。
舌打ち混じりに閻魔を見下ろす。

「黙れ、オッサンがセーラー眺めてブツブツ独り言言って気持ち悪いんだよ吐き気がする海の藻屑となれこの大王イカ。」
「ワ、ワンブレスで言い切ったよ…。」
ひぃ、と息を飲み、仰向けになる。真っ黒な髪が、様々な色のセーラーに広がった。
「だらだら寝てないで、さっさと起きて仕事してください。休憩は終わりですよ。」
縮んだ爪で、時計をさす。
楽しい時間は一瞬で過ぎるものだ。
これから仕事に戻らなければならない、という残酷な運命へのせめてもの抵抗にと、閻魔はゆらりと腕を鬼男に差し出す。
「鬼男くん、起こしてぇ。」
「誰が起こすかコノヤロウ!というかそのセーラー、いつ、誰の金で、買ったんですか!ぶっ殺すぞこの大王イカ!」
ぶっ殺す、の単語とセーラーへと忍び寄る魔の手に震え上がった。
いそいそと着物を、髪を整え、帽子を被る。
そしてセーラーを……
「それは置いていけ。――別れの挨拶は、いらないでしょう?」
……助けられなかった。


追記

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