今日もまた、淡々と人を裁いていく。
ただの作業化した仕事が、忌々しい。
一分一秒がゆるゆると零れて流れて行くのが、もどかしい。

早く彼女に会いたい。
会って、プレゼントを渡して、それから、それから――。
ああ、早く彼女の喜ぶ顔が見たい!

ぶりっこなオッサンは、足をパタパタ振る。
かわいくない、とでも言いたそうな鬼男は眉を潜める。
「何、にやけてんですか。」
「なーいしょ。」
「キモいです。」
「………。」
「次の方、どうぞ。」
淡々と鬼男が死者を呼ぶ。淡々と、一人ずつ仕分けていく。
その間にも、淡々と、彼女にも陰りが近付いていく。

ああ、忌々しい。


「次の方で最後です。」
鬼男はそうポツリと言った。
閻魔は彼を見ずに低い声で、ん、とだけ返した。
何度机に指を打ちつけたかわからない。
最後の死者の資料にざっと目を通す。
ガチャリ、とドアノブから音がした瞬間、
「地獄!!」
死者は部屋には入らず、ドアノブを握ったまま間抜けに口をあけるばかりであった。



最後の死者を地獄におとし、プレゼントとちょっとした手紙を持って天国に直行。

彼女はすぐに見つかった。
木にもたれかかり、猫をひざに載せている。
彼女に後ろから近付くが、寝ているようで気付かれなかった。
閻魔は彼女の前でしゃがんだ。
さすがに吐血はしていなかったが、髪はボサボサで、服はボロボロではないが、質素なワンピースだった。
肌は白く、思わずつつきたくなるくらい、ふっくらとしている。
…いや、少しくらいつついたってわからないだろう。
そう、魔がさして彼女に手を伸ばす。
が、主人に知らない者が手を出す、と警戒した猫が噛み付いた。
「あいてっ!」
しまった、と慌てて口を塞ぐがもう遅い。
彼女が小さく唸る。
目をこすり、寝ぼけ眼で俺をジッと見つめる。
「…ん、ミーちゃん…と、誰?」
悲しいかな、クラウチングスタートのポーズを彼女に見られているようだ。
羞恥心から駆け出しを失敗し、思い切りこけてしまった。

もう、トコトン決まらないなあ…。

地面を濡らしていると、頭上から「あの」と、不安げな声。
「大丈夫ですか。」
差し出された、真っ白で華奢な手。
ああ、だとか、うん、だとか、緊張してそんなんしか言えない。
手をとり、ヨイショ、と立つ。
「あああありがとう。」
今の俺の顔、絶対真っ赤だ。
胸で収まらず、体がもう、燃え上がりそうだ。
汗が吹き出ている。
あっ、手汗は大丈夫だったんだろうか。
そんな心配をしていると、いきなり彼女は吹き出した。
「お、俺、何かした…?」
恐る恐る尋ねると、彼女は大笑い。苦しそうに息をし、途切れ途切れに話す。
「だって、閻魔大王ってもっと怖い人だと思ってたから。……案外、私達とそんなに変わらないね。」
俺が閻魔だということは覚えていたのか。
しかし、閻魔大王が話しかけてきたのにこんなに落ち着いているなんて、よほど肝が据わっているのだろう。いや、鬼に爪で刺されたのを見られたからなめられているだけなのだろうか。

「鬼には爪で刺されるし、なんか慌てまくってし。閻魔さんって、かわいいですね。」

そんな事を言われるもんだから、俺のトキメキが凄まじいことになっている。もう、キュンキュンだ。
「それで、閻魔さんがわざわざ私に何の用ですか?」
突然そう訊ねられ、びくりと肩を揺らす。
そうだ、本来の目的であるこれを渡さねば。
「これ、君に。よかったらどうぞ。」
「これって…?」
「……き、君には、このセーラー服とポピーが、よくにゃっ……似合う、ぜ。」
言い終わった瞬間、心中で頭を抱えて叫ぶ。

肝心なところで決まらない!!

彼女はまた大笑いしていた。
閻魔さんって、かわいいね、って。

夕子さんだって。

その言葉は、喉で引っかかってしまった。



(20110117)
まだ続きます。
よければもう少しお付き合いください。


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