乱歩
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僕には気になっている人がいる。
…否、多分好きな人、だ。
僕は恋をしている。
…君、名前に。
「名前〜!
お菓子持ってきて〜」
と、僕が言えば直ぐに来てくれる。
どうでもいい用事で呼びつけた僕を怒らずに
「乱歩さん!」
と誰よりも早く駆け付けてくれる。
君と一番長い時間時間過ごしてきたのは僕なのに、
…何故、君と結ばれるのは僕じゃないんだろう。
ねぇ、太宰。
君はあのポートマフィアからやってきた。
普段は明るいけれど、絶対に裏があるタイプだと名探偵の僕には直ぐに分かった。
…それも本当に暗い感じの。
きっかけが何だったかなんてもう覚えていない。
気が付くと名前と太宰が一緒に過ごす時間が増えていた。
こういう時、他人の気持ちを見抜ける事が本当に嫌になる。
______嗚呼、名前は太宰が好きなんだな
知った瞬間、心臓がどくりと音を立てた。
嫌だ。名前を誰にもとられたくない。
何故早く告白しなかったんだろう。
…そんなの分かりきっている。
…僕の変なプライドが邪魔をしたからだ。
自分から何かするなんて考えたこともなく、
「僕がよければ全て良し」と本気で思っていたし、
好かれることは好きだけれど片思いだけなんて絶対ごめんだ。
僕が好きなら相手も好きに決まっている。
そうなんの保証もなく思い込んでいた自分が憎い。
…そして、二人はとうとう付き合い出したらしい。
朝名前を見た時に直ぐに気が付いた。
その時の名前が本当に嬉しそうだったから。
…でもまだ手段はある。
太宰がどう思っているかだ。
あんな感じだし、女性関係も決して清いとは言えないだろう。
もし、名前が遊びだったりしたら
絶対に…許さない。
全てを名前にばらし、引き裂いてやる。
こんな感情が芽生えるなんて僕自身も正直びっくりである。
…それだけ、名前が好きだということだろう。
それから依頼を全て後回しにし、太宰の観察が始まった。
元々表情が読みにくく、何を考えているか分からない所は流石元ポートマフィア幹部というべきか。
しかし、名探偵の僕には叶わないだろう。
といって観察し続けた結果…。
一つの事が分かった。
…それは_____
…太宰は遊びで名前と付き合っている訳ではない。
という事だ。
…しかも、どちらかというと太宰の方が惚れ込んでいるように思える。
例えば、こんな事があった。
ある日、名前が攫われた。
犯人はこの探偵社に個人的な恨みがある、とかなんとかの数人で
まぁ探偵社がそんな雑魚に手間取る訳もなく直ぐに名前は帰ってきたけれど、
その名前が攫われた時の太宰の挙動がはっきりいって不審だった。
他のみんなも大丈夫だと太宰を励ますが生返事をしながら社内をウロウロと歩き回り逆に国木田くんからからかわれていた。
…そんなにも太宰を心配させるほど名前の存在は大きかったという事だ。
やっと帰ってきて一応、と医療室に寝かせていると、そこへ太宰が入り込み、
なにやら名前を抱き締めていた。
…え?なんで知っているかって?
ピーピング・トムだよ。
なぁに?何か文句でも?
(ピーピング・トム:要はノゾキ)
「名前ちゃん、あんまり心配かけちゃダメだよ?」
「は、はい…すみません…
あの…太宰さん…苦しいです…」
「…っ あぁ…ごめん…」
「・・・太宰さん、その・・・
ごめんなさい・・・太宰さんが、来てくれて嬉しかったです・・・」
そういう彼女を太宰はまたぎゅっと抱きしめる。
「名前、・・・好きだよ
私を、1人にしないでくれ・・・」
「太宰さん・・・っ
わたしも大好きです
・・・太宰さんがいてくれたら、それで充分です」
名前の言葉は僕の胸に思いのほか深く刺さった。
でも不思議と、彼女を嫌悪する気持ちは湧いてこない。
あるのは、自分への嫌悪だ。
彼女の気持ちを聞いてもなお、
名前を手に入れたいと思う気持ちは何一つ変わっていない。
人間は本当に面倒くさい生き物だ。
僕は、初めて自分が人間に生まれたことを呪った。
君が手に入らないことはわかっているから、
だから邪魔をする。
…ごめん。
言っていることが滅茶苦茶だろう。
でも、本当に大好きで、だから素直に君の幸せを応援できない。
君が僕を嫌ってくれたらいいのに。
でも君はそんな事しないから、諦めきれないんだ。
ああ今日も、楽しそうな声が聞こえる。
食べていた飴を噛み砕くと、僕の心も割れるような気がした。
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