翌日、つぐみの携帯の非通知拒否の設定を変えると、十分もしないうちに非通知からの着信が入った。それに出ないでおいたら、繋がることを喜ぶみたいにひっきりなしに電話がかかってきて、つぐみは顔を青くして布団に潜り込んでしまった。
「……出るぞ」
「……」
どこから電話番号がばれたのか…
そんなことを考えながら通話ボタンを押すと、少しの沈黙のあと「糸井くん」と、脂ぎったような声が聞こえた。棚橋の言葉通りの人物像が浮かび、けれどすぐに、声が変わって怖いなと思った。
「警察に通報したから」
「……誰」
「保護者」
大人の男の、怒った低い声だった。
つぐみくん、はぁはぁ、みたいな雰囲気を出しながらそれになりきれないところが怖い。警察にはまだ通報していないけれど、やっぱりした方がいいよなと改めて思った。
携帯はまたすぐに拒否設定をして、とりあえずバイト先の店長には棚橋から事情を説明してもらった。明るいところで見たつぐみの膝には擦りむいた傷があり、何度も擦っていた首筋には細かい引っ掻き傷が出来きていた。
「…つぐみ」
「はい…」
「俺、バスケいくけどどうする」
「……じゃあ、帰ります」
いや一人で帰らせるわけにはいかないだろうと、自分で聞いておきながら考え直して部屋を出た。そのまま有の部屋に入り、練習用のTシャツとバスパンを拝借して戻ると、つぐみは既に変える準備をしていた。
「つぐみ、着替え」
「あ…でも」
「とりあえず着替えろ」
「…はい」
若干体は泳いでいるものの、まあみんなこんなもんだからいいかとウエストの紐だけしっかり結び、ほとんど新品の有のシューズを下駄箱で探し出して履かせた。
「……ぴったり」
「あいつ今すげー成長期だからすぐ靴ダメになるんだよな」
「え、あの、」
「それ持て」
「体育館。行くから」
驚いた風に目を見開いたつぐみに、本気で吸い込まれそうだなんて思った自分が恥ずかしい。全然サイズの合っていないキャップを小さな頭に乗せて、飲み物を詰め込んだ鞄をカゴに押し込み、シューズを抱えたつぐみを荷台に乗せて練習場所の体育館へ向かった。
つぐみはまだ戸惑っているようだったけど、この服装と帽子ではつぐみだと分からないし、とりあえず目の届くところにいてくれた方がいいよなとくそ暑い中を進んだ。
練習に混ざることはしなかったものの、ボール拾いや得点付けをしていたつぐみは小学生に混ざるとそれなりに大きく見えた。何もしなくても汗が吹き出るほど暑い体育館で、袖を肩まで捲り上げて髪の毛を湿らせる姿はなかなかに健康的だった。ここへの行き帰りだけで少しくらい日に焼けてくれれば尚更。
最後のゲームはつぐみも大人チームに混ざってバスケをしたけれど、やっぱり見た目からは想像できないくらいには上手かった。
「暑い…」
「腹へった?」
「……空きました、でもとりあえず、アイスが食べたいです」
その日、つぐみはアイスを食べてからご飯もしっかり食べた。久しぶりにもりもり食べる姿を見たなと思っていたら店から電話があり、店長から警察へ連絡をしたという旨が告げられた。つぐみは不安そうに俯いてしまったけれど、どうせ夏休みだし、つぐみの両親も家を空けることが多いし、うちも家族以外も出入り自由みたいなところがあるからしばらくはここに住まわせてバスケにも連れていくことにした。
「櫂先輩、あの」
「なに」
「……僕、えっち好きです」
「なんだよ急に。今はしねぇぞ」
「あっ…ちが、そういう、意味じゃなくて…」
「じゃあなに」
「……好き、だけど、それは櫂先輩と…だけ、です」
「……」
綺麗に空いた皿を洗いながら、つぐみは顔を赤くして「櫂先輩とだから、気持ちいいって…」と続けた。
「お前、そういうこと外で言うなよ」
「うぇっ、ご、ごめんなさ…」
「ただいまー!あ!櫂俺のご飯は!?」
「冷蔵庫。つーか有終わってからどこ行ってたんだよ」
「海」
「はあ…体力バケモンかよ」
「あ、つぐみくん俺のシューズ貰ってくれてありがとう」
「えっ、ごめん、貰うつもりは…」
「いいって。うちにあっても誰も履かないし。捨てるだけだけど勿体なかったし。履いてくれたら嬉しい」
からあげじゃんと大喜びで飯を頬張り始めた有に律儀にお礼を言ったつぐみは、心なしか昨日までの病的さは感じられなかった。
つぐみのストーカー事件は怖いほどあっさり相手が捕まり、つぐみには近づけないよう警察からのお達しがいったらしい。つぐみは少し背が伸びて、まだまだ色白天使だけどほんのり焼けて、ついでにバスケも上達した。
高校最後の夏休み、恋人と半同棲状態で過ごすことになるとは微塵も考えていなかった俺は、夏が終わる頃にはすっかり元気になったつぐみに精子を搾り取られることになるのだった。
「天使とバイト」
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