「あれ、高梨じゃん」

え、誰だっけ、と思ったのは一瞬で。すぐに誰だか分かった。他県の学校名が刺繍されたジャージと、抱えられたバスケットボールと、そしてよく通る声。

ああ、中学時代の、ライバルだ。

自分と天使の


「はあっ、あ、…んぅ、」

ゆっくり、時間をかけて腰を動かして、やっと吐き出した熱は自分でも驚くほど熱かった。コンドームの中で吐精して、それでもすぐに抜くことを嫌がるつぐみに負けてそのまましばらく繋がっていた。狭くてキツくてちょっと痛かったけど、もうこのまま死ぬんじゃないかと思うほど気持ちよかった。など、口が裂けても言えない。

「櫂先輩、かい、」

「なに?」

「キス、したいです。ちゃんと…したキス」

救急車を呼んだ方がいいかもしれないと思わせるほど、視点の定まらない目でひゅーひゅーと喉をならすつぐみに軽くキスを落とす。けれど、“ちゃんとしたキス”がしたいと、濡れたままの瞳が訴える。

なんだそのちゃんとしたキスとは。

自分がわざとらしく軽いキスしかしていない自覚はある。だってまた下品なキスをし始めたら息子が爆発しそうだから。それは困るなと、自制した結果だ。

「つぐみからすれば」

「うぅ…」

あ、やばい、締まった。
またむくむくしそうな息子から意識を逸らすにはどうしたらいいのか、そりゃ抜くしかない。でも少し腰を引くだけでつぐみは敏感に反応して、いやいやと頭を振る。これ以上泣かれたら俺のもろもろまでまた汁を溢す自信があるから、やっぱりそれは出来ない。

「顔、さげて…ください」

「はい」

少し頭を浮かせて寄せられた顔。それに自分も近づくと、柔らかい唇がふにゃりと重なった。そして何度か食まれ、開いた唇の隙間から可愛らしい舌が出てきた。つんつんとつつかれ、少しだけ唇に隙間を作るとすぐにそれは俺の口内へ侵入してくる。
しかし、頭を浮かせた体勢が辛いのだろう。その舌は思うように俺の舌と絡むことが出来ず、出たり入ったりするだけだ。

「や、あ…かい、せ…して、」

それを何とかしろと言いたげに揺れる茶色い瞳は、天使のものであるはずなのに、悪魔にしか見えない。こんなドエロい天使がいてたまるか。まあ、それに負けてしまう俺も俺か、と諦めて曖昧に触れていた唇を押さえ付けるように塞いだ。

その頃にはもう、駅で遭遇した人物のことなど完全に頭から抜けていた。見たくないというほど嫌いなわけではない。ただ、あの、「バスケ以外に存在する意味あるのか」と、そう言いたげな声に脳みそが揺れたのだ。傷付いたなんてそんな可愛い言葉じゃない。
なのに、俺は今平然とつぐみを抱いて…性的興奮を含んだら平然とは言えないけれど…あのジャージのことは少しも考えてない。そこに関しては天使でいい気もするけど。体を繋げたまはまそんなことを考え続ける余裕があるわけもなく。

「かいせんぱい」

涙とよだれで濡れたつぐみの頬を手で拭ってやり、しがみつく華奢な体をそのままに俺もベッドに寝転がった。ずるりと、体勢的につぐみの中から半分ほど引き抜かれたちんこが中途半端な刺激で僅かに震えてしまった。
つぐみも「んっ」と、甘い声を漏らし、けれどすぐに真横に沈んだ俺の顔へと唇を寄せてくる。

「気持ち、良かったです…」

「そう」

「……櫂、先輩は?」

死ぬほど気持ち良かった。と、素直に伝えたらこの天使はもっと淫乱になるかもしれない。「俺も」とだけ囁いて瞼を伏せると、つぐみの息が頬を掠めた。

「寝ちゃうんですか」

「…寝ない」

「……もう寝てませんか」

「寝てない」

目が開いてないのはいつもだもんねと、なりなら言うんだろうなとふと思ったのと同時に目を開くと、つぐみがむっと口を尖らせていた。

「今、他のこと考えた」

「なに?」

「…分かんない、けど。なんとなく」

俺ってそんなに顔に出るかなと思いつつ、たぶんつぐみの観察力とかもろもろがすごいんだろうと妙に納得した。そのままつぐみに頬を擦られ、無抵抗でじっとしていたら不意に小さな声が響いた。ぽとりと溢されたつぐみのそれは「痛くないですか」と、意図のわからない言葉を紡いだ。

痛いのはつぐみの方じゃないのかと、本気で言おうとした俺を咎めたのは、まさにその本人で。「ここ」と、指されたのは俺の胸だった。軽く、白い指先が肌に触れ、俺は声も出せないでつぐみを見つめるだけだった。
なんで、とか。どうして、とか。聞くこともできなかったのは、その理由どうこうではなくて。

「僕は、どんな櫂先輩でも、好き…です」

「……」

天使だ。
白い肌をさらした、裸の天使。
パンツを晒して歩き回る天使が、今は本当に絵に描いたような天使になっている。自分から唐突に好きだと言っておきながら顔を真っ赤にして、まるで検討違いのことをいったのだと気づいたように目を逸らす。

駅での事を言っているのかと問うても良かったけれど、そう易々と認めてしまうのも面白くないなと俺はただ「知ってる」とだけ返した。自分の痛みを他人に知られるというのは気恥ずかしいし、まさか自分が慰められるとも考えてなかったから、素直な言葉なんて出てこなかった。

「何ですかそれ〜」

「何でもない。ほら、抜くぞ」

「えっ、も…待っ、」

今だ、と隙をついて体を離すと、ずるりとつぐみから抜けた自分のちんこがまだやんわりと芯を持っているのが分かった。

「なん、や…いやだ、櫂先輩…」

「ケツ絞まらなくなったらどうするんだよ」

「うっ、そんなこと、あるんですか」

「さあ、なくはないだろ」

「……」

「ほら、拭くからケツあげろ」

「へあっ、そんなとこ、やだ…自分でします!」

もう散々見たし触ったし掘ったんだから気にしなくてもいいのに。人のこと慰めておきながら、この情けない顔は何なんだ。可愛い、くそ。

「いいから、ほらもっとこっち」

「うぅ〜…」

体を起こした俺に四つん這いで尻を向けたつぐみは、枕に顔を埋めてもう一度唸った。
まだわずかにローションで濡れているそこを軽くティッシュで拭き、脱ぎ捨ててあったパンツをはかせてやる。相変わらずボクサータイプのパンツで、トランクスとかつぐみがはいてるの見たことないなと、ふと思った。いや、でもあんな太ももの緩いパンツをこの華奢な足腰のつぐみがはいたら、中身が見えそうだ。

「けしからん、よな」

「はい?」

「何でもない。寒いだろ、ズボンは?」

「自分でスエット出してきます」

「その格好で?」

「…櫂先輩しか、見てない、です」

それもそうだ。パンツ一丁のつぐみは落ちていたシャツを肩に掛けてクローゼットを開き、そこから長袖のTシャツとスエットを引っ張り出してきた。さすがに天使も家の中でジーンズははかないらしい。
それを横目に自分も服を着て腰を上げた。

「帰り、ますか?」

「ああ、そろそろ」

「……玄関まで、送ります」

階段降りるだけじゃんそれと笑えば、できれば家まで送りたいなどと言われた。こんな彼氏だったら女子も自慢だろうなと他人事のように思いながら、それはダメだと釘を刺して部屋を出た。
リビングの窓から見えた外はいつの間にか暗くなっていて、そういえば腹へったなと気付く。でもそれも、靴を履く頃にはつぐみの熱い視線にかき消され、根負けした俺は腰を屈めていた。

「ん、」

ダメだ、なんかもう完全にやられてる。心も体も。そう気付いても足掻けないのが一番の問題で、俺はたぶんもうこの天使から逃げることはできないんだろう。体を繋げてしまっては尚更。

狭くて熱くて、そりゃそれは誰でもそうなんだろうけど、少なくとも感じてきた中で一番の衝撃と言えるほどつぐみの中はよかった。もちろん、体だけの話ではないけれど。
つぐみ本人に俺のそんな弱味を握られたら、離してもらうことさえ出来なくなるに違いない。

「櫂先輩、あの…今日、楽しかったです」

少し前に聞いた台詞をもう一度言われ、その可愛さに頭を撫でると「あと、嬉しかったです」とおまけの言葉がついてきた。

「あと、明日…一緒に学校、行きたいです」

「分かった」

どうせ通り道だし、約束しなくても時間がかぶれば会えるのだけど。約束したい気分だったのかもしれない。俺も。

「じゃあな、寒いから出るなよ」

「……はい」

最後にひとつ、額にキスをしてつぐみの家を出た。
セックスの余韻を浸るなんてことは経験がないけれど、今夜は寝付けそうにない。体のあちこちにつぐみの熱が燻っていて、つぐみの指先が残した小さな傷がじくじくと痛んで。これがセックスかと、高校生ながら思ってしまった。


一度だけ振り返ると、大人しく玄関で俺を見送るつぐみが居て、柄にもなく小さく手を振った。


「境界線」




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