きみの声


止まない雪はドンドン降り積もりあっという間に真っ白な世界に染る。知っている景色だったはずなのにそれは一晩で様子を変えてまるで違う場所のように移り変わってしまっていた。

ヒールを玄関に置いておいたらそれを見たお母さんがそんなんじゃ10メートルも進めないわよと笑いながら雪用の靴を貸してくれて澤村君との待ち合わせに向う。

「仙台ってこんなに寒かったっけ…?」

「はは、そりゃ東京よりは寒いだろ。これだけ雪も積もったしなぁ。」

七海東京に染まったななんて言った澤村君と予約してくれたお店に入り乾杯とグラスを合わせた。この辺にこんなに雰囲気のいいお店があったなんて知らなかった。高校生の時は近くの商店で買ったお菓子を公園で食べるような毎日だったからこうして居酒屋でビールを飲んでいると大人になったんだなと時の流れを感じてしまう。

「そういえば旭がこの前結婚したんだよ。」

「えーそうなんだ。もうそんな歳なんだね。澤村君は?」

「俺?俺はまぁボチボチ…」

「照れなくてもいいのに。」

遠距離だからなと苦笑いをしながらビールを煽る澤村君。高校の時からずっと付き合っている彼女は今東京に住んでいるらしい。なんて彼女は私の唯一といっていいほどの友達だから近況は事細かく知ってるんだけど。反応が薄い割にマメに東京まで会いに行ってることは分かってるからこの2人は心配いらないだろうなってひっそりと見守っている。

「澤村君に会えるのを楽しみに仕事頑張ってたよ。会えない以外は文句もなさそうで。ラブラブだね。」

「離れてる分大事にしないととは思ってるよ…てか話さなくてもどうせ色々知ってるんだろ?」

「ふふふ、まぁね。でもここ最近は全然会ってなかったから。」

「そういう七海は?将来を考えてる相手とかいないの?」

「…私はないかな。」

将来のことなんて考えてない。考えたくない、が正しいような気がする。細い細い橋の上を歩いているような、どう転ぶか分からない不確定な私の未来。誰かを引っ張り込んで付き合わせるほどの覚悟なんて持てるはずがない。好きになればなるほどに大きくなるのは罪悪感だ。

でももしも、もしも澤村君たちのように高校の時に出会っていたら何か違ったんだろうか。隠し事なんかせずに全てを打ち明けて、ずっと一緒にいてほしいと素直に言って隣にいることができた?

そんなどうしようもない問いが頭に浮かんでは消えていく。

「なんかあった?」

「え?」

「いやこの前会った時もなんとなく落ち込んでるみたいだったから。」

「そう、だね。いろいろあったかな…今は気持ちの立て直し中なんだ。だから澤村君の幸せ話聞きたいかも。」

なんで俺らの話?と言いながらも私がお願いするとウザくなったら止めろよと前置きして最近の話を始めてくれた。澤村君は目を細めて優しい顔で笑っていて距離なんて関係なく気持ちは繋がってるんだなとまさに幸せのお裾分けをしてもらってる気分。あんまりこういう事話さないイメージだったんだけどきっと私が落ち込んでるのを察して頑張って話してくれてるんだと思う。

「ありがとう。もうお腹いっぱいです。」

「それどっちの意味で?」

苦笑いをした澤村君と目が合って笑い合う。

そういえば鉄朗君もこんな風に笑ってた。自分のことを好きでいてくれると自惚れてしまうくらいには鉄朗君の顔は優しくて…

あの日当たりのいい部屋で過ごした時間はずっと忘れない暖かい光のような記憶。

そしてそろそろ帰ろうかとお店を出ると、雪は止んで空にはあの日と同じ満月が浮かんでいた。輝きすぎてるほどのその月は昨日は見えなかった暗い道の先まで照らしているように思う。柔らかい光は全てを包んでくれるみたいで私のネガティブな気持ちを少しだけ軽くしてくれる。

そんなことをぼんやり考えながら駅まで歩いていると温度が下がってきているせいかコンクリートが凍っている場所があり、澤村君が気をつけてと言ってくれたまさにそのとき氷に足が取られてしまった。

「わっ…!」
「おっ、と…大丈夫?」
「うん、ありがとう。」

前から抱きとめられて間一髪。体勢を立て直して顔を上げた時、

「………マナ!」

遠くで私を呼ぶ声がした。

少ししか経っていないのにひどく懐かしいその声はここにいるはずのない人。

「て、つろ…くん?」

私の声は掠れていて自分でも声になっているのか聞き取ることが出来なかった。記憶の中だけにいたはずの彼が目前に見えた時からドクンドクンと、自分の心臓の音だけはやたら大きく聞こえてくるのに。

「黒尾!?」

驚いているのは私だけじゃなかった。だけどその時は隣なんて気にしてる余裕なんてまるでなくてただ頭の中が真っ白で何も考えることができなかった。

「やっと会えた。」

次に近くで聞こえたのは何度も思い出したその声で、息を切らせて目の前まで走ってきた彼は泣きそうに顔を歪めた。


  ▲