消えた陽だまり

ギシっというベットの音で意識が浮上する。寝起きでまだはっきりしない頭の中音の方に視線を動かすとさっきまで腕の中にいたマナが薄明かりの中ベットサイトに座っているのが見えた。

「ごめんね、起こしちゃった?」

「いや大丈夫。」

ゴソゴソと隣に温かさが戻ってきたので手を伸ばして確かめるように抱きしめた。

「鉄朗君すっかり毎日熟睡だね。」

「不眠症だった訳じゃないけどね。でも悔しいけ落ち着かない夜はなくなったよ。もうマナがいないと逆に眠れないかもな。」

「ふふ、もう私いなくてもきっと大丈夫だよ。」

「何言ってんの。居てくれないと困ります。」

「ちょ、苦しいよっ。」

離す気はないと言わんばかりにマナを引き寄せると笑いながら腕の中から顔を出す。つい半年くらい前までは眠れない夜はしょっちゅうあったのに今はもう思い出せないくらいだ。

「今度引っ越す?」

「え?」

「この家狭くはないけど一人暮らし用だからせっかくだし広い家のほうが住みやすいかと思って。」

ずっと考えていたことを口にすると腕の中のマナは少し目を見開いて驚いたような顔をした。確かになんの前触れもなく言ったんだけどそんなに驚くとはちょっと意外でちょっとショックかもしれない。いつもみたいにいいねと笑って賛成してくれると思ったんだけど。いやでも今までの行いが悪いから驚かれるのは当然なのかも。返事がないことに不安になり腕を緩めてマナの顔を覗き込んだ。

「ヤダ?」

「あ、ううん少しびっくりしただけ。そういうことちゃんと考えてたんだなぁって。」

「…マナのことは本気だから。俺はずっとこうやって一緒にいたいと思ってるよ。」

ベットの中で言うことじゃなかったかもと思いながらも中途半端な気持ちで言ったことじゃないから恥ずかしくても伝えないとと思った。なんだか最近は柄じゃないことばかりやってる気がする。真っ直ぐマナを見つめると彼女は柔らかく笑って俺の胸に顔を埋めるとギュッと手に力が込められる。

「ありがとう。私すっごく幸せ者だね。」

「大げさ。」

そう言いながら首に手が回ってキスを交わす。こうしている時間も、目の前の温もりも俺の中で陽だまりのような暖かな幸せだ。起きたとき彼女の顔を見て眠る時にも隣にいる、そんな毎日を積み重ねていきたいって言いかけたけどそれってよく考えたらプロポーズみたいだから言葉にしなかった。こういうことはキチンとしないといけないから今はまだ。

ホッとしたのか再び眠気が襲い、時計をみるとまだ夜中の時間帯だった。

「変な時間に起きちゃったね。」

「そうだな〜イチャイチャするには眠いかもなぁ。」

「…さっき散々イチャイチャしたでしょ?」

「そうだっけ?」

「もうっ!まだ夜は長いよ。おやすみなさい鉄朗君。」

明日は休みだから起きたら引っ越しの話が出来たらいい。マナは家の希望はあまりなさそうだけどあの鉢植えが元気に育つように日当たりのいい部屋がいいって言うかもしれないな。家具や食器も新しくして…そんなことを考えつつマナをみるとやわらかく微笑んで、ゆっくりと俺の頭を撫でる。その手が心地よくてだんだんと落ちてくる瞼に耐えられず意識が遠のいていった。

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まだ夢の中なのか、現実なのか。

マナが泣きそうに顔を歪めている。いつも笑っているマナがどうしてそんな顔をしているのか聞きたくて、そんな顔するなと抱きしめてやりたいのに手が届かない。

「ごめんね鉄朗君…」

小さく呟かれたその声は震えていた。

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「っマナ!?」

ガバッと起き上がって動悸が収まらない胸を強く押さえる。隣をみるとマナの姿はなく、触れたシーツに体温は残っていなかった。窓の外をみると太陽の光はなく大粒の雨が窓に当たっていて分厚い雲が空を覆っている。夢のせいもあってか嫌な予感がして無性に不安に駆られた俺は寝室を出てリビングに駆け込んだ。


おはよう鉄朗くん、よく寝れた?


いつもそんな風に言いながら鉢植えに水やりをしているマナはそこには居ない。

「マナ…?」

薄暗いリビングを探すように歩き、鉢植えの前までやってくると、昨日まではなかった小さな芽が出ているのが目に入った。そしてその下に挟まっている小さな紙切れ。震える手でそれを手に取りそっと開くとたった一言だけ。



『水やりを忘れないで。
今までありがとう。』



それだけ書かれていた。

「なんでだよ…どうして…!」

無くなっていたスーツケースと玄関の靴にその手紙。それを見た時答えなんて明らかだった。それから衝動的に部屋を飛び出し雨の中マナを探し回ったと思う。繋がらない携帯を片手に駅前も一緒に行ったスーパーも公園も、どこにもその背中を見つけることができなかった。それでも俺は信じたくなくて思い当たる場所を夜中まで探し続けた。



この日、マナは俺の前から姿を消した。

降り続く雨は冷たく、季節は冬に差し掛かろうとしていた。