記憶のありか




「今日すっげぇ楽しかった!またメールするよ!」

送るという申し出を断り軽くお辞儀をしてからくるりと背を向け家へ向かう。すっかり暗くなった道を歩きながらきっとこの人と遊ぶことはもうないだろうななんて思って。楽しかったと言ってくれたからには本当なのかもしれないけど私にはいまいちその実感がない。

ふと道路の反対側を見るとジャージ姿の徹が目に入った。なんでこんなに遭遇するのか不思議すぎる。でも少し遅いけどこの時間はちょうど部活が終わる時間帯なのかもしれない。というかさっきの見られてたのかな。徹はこちらにブンブンと手を振って軽い足取りで道路を渡ってくると今帰り?と当たり前のようにそのまま隣に並んで歩き始める。

「さっそく彼氏できたの?」
「違うよ。誘われたから遊んだだけ。」
「あ、好きな人だ。」
「好きじゃないよ。遊ぼうって言われたからでかけただけ。徹だっていつも女の子はべらせてて私のことナンパしてきたんだから同じようなことしてるんでしょ。」
「マナは俺のことなんだと思ってるの!?」

私だって2人きりで家に行ったりはしないし距離感はちゃんと考えてる。ほどほどに、はまらないくらいに遊ぶのがちょうどいい。そのまま付き合うことはないかな。告白されることもあるけどその瞬間スッと気持ちが冷めていってしまうから。だってそうでしょ?一目惚れにしてもちょっと遊んだにしても私の何をみて好きだと言うんだろう。

「そんなことしてるから遊んでるなんて言われるんだよ?」
「間違ってもないから気にしてないよ。徹だってチャラチャラしてるじゃん。」
「チャラチャラって…差し入れくれたりする子がいるだけなんだけどなぁ。ファン的なね!」

確かに学校で有名なカッコよくてモテる及川徹は私と違って遊んでるって噂は耳にしない。それはきっとバレー中心の毎日で、本人がいうほど遊ぶ時間はなく女の子たちにもちゃんと対応してるからな気がする。

「男の子と間違われるくらいだったマナがねぇ。」

いつまでも昔のイメージのままでいると思わないでほしい。確かに昔は髪の毛もショートで常に短パン。徹にはもう少し女の子らしくしたほうがいいと毎日のようにいわれてた。そういえば元をたどれば次に会ったとき徹を驚かせたいと髪を伸ばし始めたような気がしてきた。反応が想像できすぎて絶対言わないけどね。

「小学生のときの話でしょ。」
「東京で恋でもした?」
「…恋?」
「女の子はそれでけっこう変わるでしょ!」

当たり?と楽しそうな徹を横目に思い出すのは東京でのこと。それはあまり思い出したくない記憶。恋をして変わったって、それがいい方向に進むとは限らないと思う。私みたいに。

「…マナ?」
「なんでもない。」

徹はそれ以上聞いてくることはなく私の頭にポンと軽く手を置くと前を向いて歩みを進めた。

**

「ここの公園覚えてる?よく自主練してるときマナがきて手伝ってくれたよね。」
「うん。よくうまくトス上げれないって半泣きになってた。」
「泣いてません!」

そんなことを話しながら公園の入り口に通りかかったとき、目の前に飛び出してきた男の子がいた。走ってきた勢いで私たちに気がつかなかったのか止まれなかったのか目の前でバタン!と転んでしまう。ゆっくりと起き上がったものの痛かったのか今にも泣き出しそうだ。

「大丈夫?泣かないなんてえらいね。」
「お、おれ男だもん…」

私がしゃがんでそう声をかければグッと歯を食いしばって膝の埃を払うとまた走り始める。その背中を見送って小さくても男の子なんだなと口元が緩んでしまう。立ち上がって視線を感じ隣を見上げれば何か言いたそうな徹の顔があった。どうかした?といえば少し考えるような仕草をした後。

「マナはそうやって笑うほうがいいよ。さっきの奴にしてたみたいな愛想笑いとか似合わないからやめたら?」
「突然なに?」
「かわいいのにもったいないってこと。なんっか無理してる感じというか。」
「無理なんかしてない。」

わざとらしく行こうと話を打ち切って私はまた歩き始める。たぶん学校でよく言われてないのを知ってるから徹は昔のよしみで心配してくれてるんだと思う。

「大丈夫だから心配しないで。」
「…マナが嫌じゃなきゃいいんだけど。変なやつもいるから気をつけなよ?」

私が話すつもりがないのを察したのか徹は困ったように笑ってなんかあったら言って、と無理やり連絡先を私の携帯に登録した。

楽しくないなら、彼氏を作る気がないんなら遊んだりしなきゃいいと思ってるのかもしれない。また恋をしたいと思ってるわけじゃない。中途半端にデートをするのは誘われることで自信をちたいという気持ちもあるような気がする。あとただひとつ、振り回されるくらいなら振り回す側にならなきゃいけないっていうこと。

ここでいいと言ったのに意地でも送るといった徹は結局家の前まで付いてきた。うちのお母さんに挨拶してこうかななんて言い始めた徹を無理やり反転させて背中を押して歩かせる。

「ハイハイ帰りますよ。」
「…徹。」
「ん〜?」
「疲れてるのにわざわざありがと。」

何歩か歩き始めた徹に聞こえるか聞こえないかの声でお礼を言った。茶化されるかかと思ったら意外にも嬉しそうな顔でどういたしまして、と笑う。なんだか気恥ずかしくて家に入ろうと家に向かって何歩か進んだとき、私を呼ぶ声がした。

「言ってなかったよね。おかえり。俺はまた会えてよかったよ。」

そしておやすみと片手を上げて徹は今度こそ道の向こうに消えていった。私も、と昔の私だったら言ったのだろうか。その夜は胸がざわついてなかなか眠ることが出来なかった。

prev next