彼はゆっくりとその扉の前に立ち、そこにかかったプレートを眺めた。
『特別指定捜査一課』
“それ”は建物の最上階にある捜査一課のさらに奥、いくつかの空き部屋を挟んだ場所に存在する。
――通称0課。
変人の巣窟。
出世から最も遠い部署。
お宮(迷宮入り事件)を掘り返す厄介者。
その部署には様々な噂が飛び交っている。
…その中でさらに異彩を放つ噂がある。
“0課が手がけた事件は必ず全て解決する”
First. 彼は無事に終わりを迎えるか?
『特別指定捜査一課』
ここがオレ、安曇直弥の新しい職場だ。
何度みても変わらない文字にため息がでる。
それと共に元同僚達の言葉がよみがえる。
『はぁ!?0課?…死ぬなよ』
『俺あっち行く位なら辞めるわ…』
『お前の席には花を供えておく。心配するな』
もはや最後はいじめじゃないか…?
とにかく、こうしていても仕方がない。
緩んだネクタイを整え、深呼吸して、ドアノブを回した。
その先には――
「待って!逃げないで!ご飯だよ!」
「わんっ!」
逃げ惑う白い毛玉と追いかける茶髪の男。
そして、
「主任!少し手伝って!」
「だが断る」
窓を背にした正面の机に座り、書類らしき物を眺めている亜麻色の髪の男がいた。
◇◇◇
あれから結局毛玉=犬を追いかけるのを手伝うはめになり、自己紹介が遅れたまま今に至る。
「いや〜助かった。呼んでもこないし捕まんないしで困ってたんだよね」
「逃がしたお前が悪い」
へらへらと笑う茶髪とは対照的に書類に目を落としたまま冷たく言い放つ亜麻色。
…認めたくないが二人ともかなり顔がいい。
二人ともいくらか年上だろうか。
茶髪は、緑色の瞳で、柔らかな空気を持っていて優しそうな感じがする。
亜麻色の方は、一言でいうとクール系。
青の切れ長の眼がさらにそれを引き立ててる感じだ。
タイプは真逆だが、二人とも合コンでかなり女の子に持てるタイプだろう。
(オレなんて今までそんな機会ねーよ!ちくしょう!)
少しの敗北感をおぼえていると、思い出したかのように亜麻色がこちらに目を向けてきた。
「お前は誰だ?名を名乗れ」
…クール系訂正。
スッゴく俺様系。
初対面からお前ってお前こそ何様なんだ?
帰りたい…すごく帰りたい…
「はい。本日よりこちらに配属になりました。安曇直弥です。今後ともよろし「そうか、俺は晴崎雅治。お前の上司だ」
…まだ途中なんすけど。
「お前が“あづみ”か…書類写真の方が賢そうだな」
もう一度書類に目を落とし呟かれた。
…ダメだコイツとは絶対仲良くできねぇ。
てか、知ってるならもうちょっと優しく言ってくれても…
こんなんが上司か…
まあ、茶髪の人がいるだけまだマシか。
「うん。君が僕の後任か〜。まあその人、面倒な人だけどわりといい人だから」
…は?
いま、なんと?
「はい…?」
「いやだから、ちょっと性格悪くておまけに口も悪くて良いのは見た目だけだし性格がガキっぽいけど実は結構いい人だから」
あと僕は進藤和幸だよ。
ついでのように名前を教えられた。
あーシンドウカズユキさんですか、なんか優しそうな名前ですね。
名は体を表すってやつですか、はははは…
…いやいや!そうじゃない!そうじゃなくて!
現実から逃げようとする意識を取っ捕まえて尋ねる。
「いや!じゃなくて!その前…」
なんて、言いました…?
「ん?ああ、“僕の後任か〜”かな?」
「…マジッスカ?」
「うん。僕明日から部署移動するから。一階の交通課に移動」
無理無理無理無理っ!
さっきからやたら主任に睨まれてる気がするし!
…あ、俺仕事辞めるかも。
「わん!」
意識が再び飛び立とうとしたが、隅のゲージの犬の鳴き声で現実に引き戻された。
中型でモフモフしていて、キラキラと輝く目がかわいい。
そういえばこいつは?
「あの…?」
「ん?なんだい?」
「なんで犬がいるんすか?まさか警察犬とか?」
「バカかお前は。そんな頭弱そうなのいらんわ」
罵倒された…
冗談なのに…
「あはは、この子はね証拠品だよ」
「へ?」
進藤さんから思ってもいなかった言葉が聞こえた。
「この子ね、ちょっと前に事件で亡くなったお年寄りのペットなんだけど…どうやら証拠品の一部を食べちゃったみたいでね〜。ちなみにちっちゃい薬の入れ物。3センチ位かな」
「食べちゃった?」
「いざとなればバラせば問題ない」
「そういうわけにもいかないでしょ〜?安曇くん、さっきはごめんね。ご飯あげようとしたら逃げちゃって。やっぱ散歩行くべきかな?」
「さあ…」
和やかに物騒な会話をしている二人をみて、改めてえらい所へ来てしまったのかもしれないと感じた。
しかも、もしかしたら明日からこの主任と二人きりかもしれないのだ。
正直うまく付き合える自信が皆無だ。
「あ、そういえば、さっきもう一人くるって連絡が来てた気が…」
ふと思い出したように進藤さんが呟いた。
…もう一人?
よっしゃ!(多分)二人きりじゃねえ!
「は?聞いてないぞ」
「言ってませんし」
いぶかしげに眉をひそめる晴崎主任に対し、進藤さんがしれっと言い放つと同時に外からドタドタと走ってくる音が聞こえた。
「あ、来たみたい」
足音が止まり、勢いよくドアが開いた。
「…っ!すみません!遅れまし、うわぁっ!」
ドアを開けると同時にその人物は見事なまでに綺麗にコケた。
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