ばたばたと部屋に飛び込むと、驚いた様子の彼女が近づいてくる。
「ど、どうなさいました姫様?」
「ごめんなさい!交換していることがばれたかもしれない……」
「ええええっ!?ど、どうしましょう……!やはりここは正直に……っ」
「……いえ。まだ確定したわけじゃないわ。少し様子を見てみましょう」
見られたのは檜扇だ。怪訝に思うだろうが、姫から賜ったものだと思えば不思議ではない。
……彼が疑問に思わなければだが。
「多分大丈夫だわ。今日は様子を見てみましょう」
心配そうな彼女を丸め込み、暗示をかけるように大丈夫だと何度も呟いた。
……翌日。
日が昇ってから彼は部屋にやってきた。言葉を聞き入れてくれたのか、夜には来なかったので一応は話を聞いてくれる人なのかと思う。
「女房殿からお疲れだと聞いた。具合はどうだ?」
「大分よくはなりました。わざわざありがとうございます」
彼女と彼との会話を聞きながら眉を寄せる。特に気になるような会話はしていない。
……気づいていないのだろうか。
「……では私は出仕に向かいます。また参ります。斎殿、姫君を頼みます」
「ええ、もちろんです」
「…………」
にこりと笑って答えるも、彼は私を見たまま。しばらく見つめていたがなにも言わずに去って行った。
「……なんなの?」
怪訝に思うも、なにもなかったということはばれていないということだ。それは万々歳。
変な人だとは思うが。
それから数日。
契りは交わすことはなかったが、彼は毎朝顔を覗かせるようになった。
気がついている様子がないことに安心しながら、それでも警戒はしたままであったある日。
部屋にやってきた彼はいつもと同じように彼女と会話をして、帰り際に私のほうを向いた。
「斎殿、少し話があるのですが……」
「私に?」
ここでは話しにくいことなのだろう。話があると言っておきながらさっさと部屋を出て行ってしまう。
「どうなさったのでしょう……。まさか偽物だとばれてしまったのでは……っ」
「そういうわけでもないようだけど……。ちょっと行ってくるわ」
「お気をつけてくださいませ」
心配そうな彼女に頷いて答え、ゆっくりと立ち上がって彼を追いかけた。
「……殿?いかがなさいました」
部屋を出てすぐ先。庭先に彼は立っていた。
なにかを考えているようだったが、呼びかければこちらを振り返って歩いてくる。
「急に呼び出してすまないな」
「いえ。……殿は姫様の大切なお方ですもの」
少し迷って無難そうな言葉を選ぶ。だが、彼は眉間に皺を寄せた。
「そのことなんだが。……私は姫に嫌われているのではないか?」
「……えっと」
「これといった確信的なことがあったわけではないが。なんとなく壁を感じてもしや嫌われているのではないかと……」
壁を感じるのは彼女が私本人ではないからで、もっと言えばばれないようにと気を張っているせいだ。別に彼がどうこうというわけではない。
嫌われているかと聞かれれば違う。だがそれを言ってしまってもいいものかどうかはわからない。
黙っていると彼は困ったように小さく笑った。
「すまない。あなたに言っても困るだろうに」
「……姫様は殿がお嫌いというわけではありませんよ」
気落ちしている姿が少しだけ哀れでついつい安心させるようなことを言ってしまう。
「本当か?」
「ええ。冗談なんて言いません」
言い切るとほっとしたような表情をする。
……思ったよりも彼は相手のことを考えているようだ。
「ですが意外です。姫様の体調をお伝えしたときには気にかけているようには思えませんでしたのに」
「あれは……。八つ当たりに近い。せっかく来てくれたというのに顔も会わせられないのかと思って……」
「…………」
「……姫に早く会いたいと思っていたのだ、これでも」
絞り出すように、照れくさそうに。ぽつりと言葉を落とす彼をまじまじと見つめてしまう。彼は小さくあまり見るなと呟いて向こうを向いてしまった。
「……素直ですね」
「あなたが見るからだろう。私はそろそろ出仕しなければ」
無理矢理会話を終わらせて足早に立ち去っていく。その姿がどうしても照れ隠しにしか見えなくて口が緩んだのがわかった。
彼はそんなに悪い人ではないのかもしれない。少しだけ不器用な、優しい人だ。
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