扇を持つ娘
 


……やっと斎宮としての役目を果たしたというのに。
神様、あんまりです。

牛車から意気揚々と降りた先にいた、満面の笑みの両親は文を手渡して呑気にのたまう。


「そなたの降嫁が決まった」


……これはどういうことですか?


「仕方ありませんわ。姫様もちょうどいいお年ですし……」

「誰がいき遅れているって?」

「そうとは申しておりませんわ」


牛車に揺られながら、檜扇を広げて目をすがめる。これは母が結婚祝いとしてくれた新品のものだ。

懐かしき我が家に戻ってすぐ伝えられた結婚話は私にとってはまさに寝耳に水というもので、呆気にとられているうちにいつの間にか降嫁当日になっていた。

普通であれば男性が通ってきてというのが世の習わしだが、私が都に戻って日が浅いということもあり、相手の家に向かう形になったのだ。

……家に関しては兄もいるし姉もいるし、小さい妹もいるので両親からしたら私が嫁いでもさほど問題はなかったのだろう。
問題ないどころか早く嫁いでくれとさえ思われていたのではないだろうか。それはさておき。

じっと視線を向けていたら一番信頼している女房は肩を竦めた。


「姫様、そんなにご機嫌を捻くらせないでくださいませ。新しい門出ですのに」

「だって仕方ないじゃない。主上の姪だからって斎宮に勝手に決められて?やっとお役御免になって帰ってみたら結婚だって言われるし。それでへらへら笑っていられるはずがないでしょう」

「そう仰られると思っておりました。ですがきっと姫様もお好きになられるはずですわ」

「お母様とあなたが選んだ相手でしょう?私にとっては赤の他人じゃない」

「素敵な方をお選びいたしましたよ?」

「そういう問題じゃないんだけど」


きょとんとする女房は確かに私のためを思って行動してくれたのだろう。今はここにいない母もしかり。

しかし、だ。
結婚相手くらいは自分で文のやり取りをしたいではないか。最初は女房に任せたにしてもあとから自分で文を書いて……なんて。

……今となっては夢の話だが。


「結婚になったのは仕方ないしどうすることもできないけど……」


なんとか抗いたい。
あれよあれよと斎宮になって降嫁まで話が来てしまっているのだ。

ここまで逆らわずにきた。せめてなにか抵抗してみせたいものだが……。

はた、と女房と視線が合う。そしてひらめいた。
にいやああと口端を上げれば彼女の顔が青ざめる。


「ひ、姫様?よもやよからぬことを企んでなんかおりませんよね?」

「私にとっては名案が浮かんだの!あなたと私の立場を交換しましょうよ!」

「ええええ!?姫様、正気ですか!?」

「正気も正気。冗談なんかで言わないわよ」

「で、ですが殿にお叱りを……」

「そこら辺は私に強要されたとお言いなさいな。先方にもよ。大丈夫、私があなたを守るから」


父は私の性分を知っている。仮にも娘だ。顔は青くなるだろうが、それもこれもすべて勝手に結婚を決めた罰だ。

嫁ぎ先にとっては私は主上の姪で先日まで斎宮として伊勢に行っていた娘だ。少しくらい意地悪をしたところで文句を言うことはないだろう。

会ったこともない主上だが、姪というだけで遠い伊勢に行かされたのだ。名前くらい使わせてもらわなければわりにあわない。


「考えていないようでちゃんと考えているのよ。はい、わかったらさっさと服を脱いでね?交換しないと怪しまれるから」

「ひ、姫様〜っ」

「情けない声を出さないで」


半べそをかきそうになっている女房を無視して、私も自分の服に手をかけた。



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