宵月夜
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「ねぇ…っ、待ってよ…っ」

「早く行かないと見られなくなってしまうの…!柊(ひいらぎ)、はやく!」

彼女が僕を早く、早くと急かす。前を走る彼女は腰まで伸びた長い髪を左右に揺らしながら駆けていく。
彼女が僕の視界から見えなくなる寸前で立ち止まったことで、僕は急いで彼女のもとへ駆け寄った。

「さつき…!?大丈…え…」

肩で息をしていた彼女に近寄った僕は、視界に突如開けた光景に息をのんだ。

山あいに沈んでいく夕日を覆うように広がる暗闇。その暗闇から京を灯すように小さく光る月の姿だった。

「綺麗…」

思わずそう口にしてしまうほどの光景。彼女も目の前の光景に見入っている。

「ね、すごいでしょう?…お父様から教えてもらったの。”ここから見る夕焼けはとても綺麗なんだよ”って」

だからね、と彼女は続ける。

「柊にも見せたかったの、この景色」

夕焼けを背に振り返った彼女はとても綺麗で、思わず高鳴る心臓。

「父様も知っているけれど、ここは私と柊、二人だけの秘密だからね!」

人差し指を口に当てて、”言っちゃだめだからね”と呟く彼女に僕はこくんと頷く。

「そろそろ暗くなってきたし、女房さんたちにも心配かけてしまうから、そろそろ帰ろっか」

ほんの少し明るさは残っているものの、太陽の姿は完全に見えない。出かけることは告げていたけれど、そろそろ戻らないと怒られてしまう。なにより一番心配なのは彼女だった。

紗月は生まれつき病を持っていた。生まれてすぐに一度生死の境をさまよったと聞いているが、成長するにつれて病の進行も止まり、短時間であれば外で遊ぶことも走ることもできるようになった。でもそれも短時間での話で、それも限界があることを彼女の両親から聞かされていた。

でも今、隣を歩く彼女はにこにこ顔。どこにも病に侵されているようには見えないほど。

「ねぇ、柊。…またここに二人で来ようね?」

袖をつんっと引っ張って僕の顔を見上げる彼女に、こくんと頷いて僕は小指を差し出す。僕の行動に彼女の顔に笑みが浮ぶ。

「嘘ついたら柊のお父様に言いつけてやるからね!」

「それは…いやだ…」

その言葉に肩を落とした僕に、彼女はふふっと笑う。僕もそれにつられて笑った。

この約束は僕たち二人にとっていちばん最初の約束だった。




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