そこはとある、少しばかり名の知れた陰陽師の住まう屋敷。
その屋敷の一郭で少女が机に向かって筆を滑らせていた。
ほっそりとした体にまとった着物の袖をうっとうしそうに見つめたかと思えば突然肩の方へとたくし上げ惜しげもなく腕を見せる。
「・・・邪魔なのよねぇ・・・」
ぽそりとつぶやくと筆をおき、ぼうっと左手で顎肘つきながら空を見上げた。
上等な紙に書かれたその文字は、その時代では決して目にしないアルファベットとアラビア数字。
あと猫やら兎やらの落書きが少々。
「天気、いいなぁ・・」
どんな世界でも空は同じ、などと言う常套句を思い出しつつ少女はため息をついた。
そんなだらしない姿の少女の頭を、こつんと扇が小突いた。
思わずびくりとして振り返れば狐のような釣り目の男が細い目をさらに細めて立っていた。
「相変わらずだね、鬼姫」
「・・・その、鬼姫ってやめてくんない?」
「言葉づかい」
「・・・やめて、いただけないかしら?」
「望むところだと言ったのはそなただろう?」
言った。確かに言った。
だがあれは完全に売り言葉に買い言葉だった。
「あんたが馬鹿みたいなこと言うからでしょ」
「馬鹿とはまた人聞きの悪い」
あれを馬鹿と言わずして何を馬鹿と言うか。
少女は腹の中で苛立ちを抑えつつ、あの日のことを思い出した。
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