愛別の夜明け
3
 

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 こんなことはあってはならないと、朝子は幾度も時明の来訪を拒んだが、彼はやめようとしなかった。それどころか、通ってくる間隔が日に日に短くなってゆき、これではいつ家人に知られたとしてもおかしくはない。
 朝子についている女房の中で唯一事情を知っている椎葉は、朝子の父親や実兄に知られはしまいかと、そればかりを恐れているようだった。無理もない。なぜならば――

「失礼致します」

 簾の向こうから聞こえた別の女房の声に、朝子ははっとして顔を上げた。長いこと考え事をしていたらしく、髪梳きは既に終わっている。杯を片付け、朝子の着替えを用意していた椎葉は、怪訝な表情で応対に出た。
「どうしました」
「宗頼の宰相様、時行の兵衛督様ならびに時明の少将様が、姫様にお会いしたいとのことにございますが」

 朝子と椎葉は思わず顔を見合わせる。実兄の宗頼や、異母兄の一人である時行はまだ良い。問題はそこに時明も交じっていることだ。まだ夜が明けてからそれほど時間は経っていない。同じ邸に住んでいる時行と共に来たのならば、どこかで鉢合わせていてもおかしくはないのに。
「どういたしましょう、姫様」
「良いわ、お通ししましょう。ここで断っては、兄上達に妙に思われるだけだもの」
「…かしこまりました」

 伝達の女房を帰し、椎葉は手早く朝子を着替えさせる。流石に化粧をする時間まではなかったので前に几帳を置き、二人は息をつめて兄たちが来るのを待った。やがて、女房の衣を引きずる音に続いて、複数の男の足音が朝子のいる部屋へ近づいてくる。昨夜の出来事を思い出し、朝子は思わず袴を握りしめる。

「朝子、入るぞ」

 宗頼が簾を巻き上げて部屋へ入ってくる。すぐさま朝子の前に置かれた几帳に気付き、おや、と目を丸くした。
「珍しいな、一体どうした」
「兄上様方が急にいらっしゃるから、お化粧をする暇がありませんでしたの」
「化粧?そんなものをしなくても我等の妹は十分美しいと言うのに、妙なことを気にするな。そう思わんか、時行」
「はい。久しぶりに顔を見に参りましたのに、残念です」

 大人しい時行は控えめにそう言って、椎葉が薦めた円座に腰を下ろす。頃合いを見計らって、朝子は何でもないふうに口を開いた。
「それで、今朝は皆様お揃いで、一体どうなされましたの?」
「うむ。三条の方様が、お前の入内のための衣装を作ってくださってな。時行と時明はそれを届けに来たのだ」
「まぁ、三条の方様が。ありがたいこと」

 三条の方は朝子たちの父、宗時の二番目の妻で、時行・時明兄弟の母親である。裁縫が上手な女性で、女御として帝への入内が決まっている彼女のために衣装を縫ってくれたのだった。
 時行は満足げに笑いながら言う。

「私が言うのも難だが、とても素晴らしい衣装だ。あとで見てごらん。きっと君によく似合うよ」
「嬉しゅうございます。すぐにお礼の文を書きますから、少しお待ちを」
「ええ」

「そういえば時明。お前、最近通っている女がいるそうだが、ゆうべもその姫君のもとに行ってきたのか?」



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