平安異聞録
1
 

「忘れじの、行く末まではかたければ、今日を限りに命ともがな」

***
しんしんと、雪が降っていた。
「どうするかな・・・。」
身を切るような風に、身ぶるいしつつ家路を急ぐ浩次(ひろつぐ)は、白い息を吐きつつ夜空を見上げた。

――今、都では奇病が蔓延している。
事の起こりは、一月ほど前。
ある貴族の姫が、病に陥ったのが切欠だった。

本当に突然で、前日までは何の異変もなく、いつもと変わらない様子だったと聞く。
しかし一夜明け、起きてきた姫は一変していた。
瞳は虚ろで家族の呼びかけにも反応しなくなってしまったのだ。しかし、食べ物与えれば口にし、水を与えれば嚥下する。
誰かが与えれば行うのだ、操り人形の様に。
だがそこに一欠片として、彼女の意志はなかった。
その姫は、今も虚ろな目で人形のようになってしまったままだ。
そして、その日を境に都ではその病が蔓延した。

「・・・もう、十人を超える姫君が人形の様になってしまっている・・・。」
何故か、その病に罹るのは年頃の若い姫だけだった。
頭を過るは先日裳着を終え、祝言を控える妹;千華(ちか)。
幸い、彼女はその病には罹ってはいないが、罹らないという保証はどこにもない。

「はぁ・・。」
行き場のない、ため息だけが零れる。
見慣れた我が家の門が見えてきた。
立ち止まると、ひらひらと舞う白い花弁を手に取る。
―これ以上は、被害者を出してはならない。
事態収拾の為、大内裏・・・陰陽寮は奔走している。
しかし、何の手がかりも得られないまま、時間だけが過ぎてしまった。
くっと、掌を握る。
―仕方ない。
あきらめにも似たため息を吐くと、空を仰ぐ。
「いるかなぁ・・・いや、いねぇ気がするが・・・。」



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