陽の下に、篝火ともし
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 秀任は夜更けの内裏の渡殿を小走りで進んでいた。左近中将に呼び出されたのだ。中将こと源行隆は今上帝の第一子として生まれ、臣籍に降ったのちも順調に昇進を続けている公達だ。だが、秀任とは面識のない彼が何の用だろう。
 回廊を曲がって目的の建物が見えてきた辺りで、簀子の上に手燭を持った人影がいることに気づく。女官のようだ。
「……中将様のお召しと伺い、参りました」
 とりあえずそう伝えると、女官は無言で踵を返した。ついて来いという意味らしい。導かれるままに几帳で仕切られた廂の間に通されると、直衣姿の若い男性が茵に腰かけていた。
「左少弁(さしょうべん)殿ですね。お待ちしておりました」
「遅参の非礼、お詫び申し上げます」
 中将に勧められるまま、正面に置かれた円座に腰を下ろす。こちらの困惑は予想の範囲内だったのだろう、中将は余計な前置きなしに話を始めた。
「さて、実は少弁殿にお伝えしておきたい儀がありましてね。まだ内々のことではあるのですが、あなたに蔵人頭(くろうどのとう)の職を任せたいという話が出ています」
「は、え、……く、蔵人頭、ですか?」
 寝耳に水の発言に、秀任は目を剥いた。
「それならば、既に他の方々が任じられて」
「近々、今上帝の譲位が囁かれているのは知っていますよね? これは、東宮様が即位なされたのちのことを見越しての裁断なのです」
「しかし、経験も家柄も相応でない私より、任じられるべき方は幾らでもいらっしゃいます」
 弁官局のなかには五位蔵人を兼帯している者も珍しくない。対して、秀任はただの左少弁であり蔵人として働いた経験は皆無だ。
 半ば狼狽気味の秀任に、中将はふっと微笑みを見せた。はらりと扇を開き、耳打ちをするように口元にかざした。
「東宮様が、あなたの任官をお望みなのですよ。先日、梨壺にお召しがあったでしょう?」
 東宮は外祖父である関白右大臣との協調を厭い、彼を優遇する父帝とも険悪だと聞いている。つまり、右大臣一派と関係の深い官人が自身の側近たる蔵人頭となることを回避した結果、秀任に白羽の矢が立ったということだ。一昨日の晩のことを思い出しながら、秀任はおぼろげながらも事態を把握し始めていた。
「かくいう私も、年明けの御世代わりを見越して蔵人頭を拝命することになったのですよ。共に重責を担う者同士、まずはご挨拶をと」
「……しかし、私に務まるかどうか」
「何を言うのですか。あなたの勤勉な勤務態度は、私の耳にも届いていますよ。東宮様もそれをご存知の上でお命じになったのですから」
 では、と中将は立ち上がった。もう用事は済んだというように、さっさとその場をあとにする。秀任は呆気にとられたまま、その背中を見つめることしかできなかった。



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