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『正直者と素直はイコールではむすばれない』

「あのさ、木村梨音(きむらりおん)と木村紫音(きむらしおん)のとってもとっても有名な双子の事はさすがに知ってるよね?
女の子のように可愛らしく愛らしく、温室で優しく優しく育てられた綿菓子みたいに甘ーくて。この学校内の狼たちに狙われてる子ウサギちゃんである兄君の木村梨音に、それとは正反対に眼光鋭く強面で、背が高い筋肉質な体のイケメンなのに、まるで何からもすべてを拒絶するかのように冷たい棘みたいな性格の一部から『氷の君』と評される弟君の木村紫音。
さてここでもんだーい。オオカミばかりのこの私立男子校内で大事件。
このお姫様と騎士様の身に起こったことだよ。なんでしょう?」



「ウザイ」
「酷いな、ひぃ。ちょっとくらいは答えてくれてもいいんじゃない?」
「もし答えたらお前の事だ。図に乗るだろ」
「図に乗らないほうがおかしいんじゃない?」
「うっさいな」


 ベットの上でのんびりと本を読んでいたところで唐突に切り出された言葉へと的確な返事を返すことも無く読んでいた本を投げだし、草薙人見(くさなぎひとみ)は壁に体をもたれさせた。

 ――――面倒臭い。これが草薙の心中を占める無情なる真実だった。


「で?いきなりこんなくそどうでもいいことを話して一体何がしたいんだよ」
「くそどうでもいいって酷くない?これでも一応本気で遊んでるんだけどね」
「ガキみたいなことを言うなよな。疲れるんだよ、副会長が何かやらかすときは大抵」
「えー」


 頬を膨らませる姿は美形だとしてもあまり可愛くはない。と現実逃避交じりに草薙は思った。所謂男の限界値があるというこの世の真理を如実によく表してくれる絵だ。

 にっこりと笑う姿が美しいと評される氷見近衛(ひょうみこのえ)にとっての容姿的価値は草薙にとってその程度の価値ではあるものの、一般的に見て平凡な容姿をしている草薙からしてみれば爆ぜればいいのにという、どうしようもできない嫉妬を買うものではある。


「しょうがないな、じゃあ答え。お姫様がここ等一体の不良の頂点で、『red』の総長様である滝内克也(たきうちかつや)に告白されたらしいよ?最初は騎士様が守ってて近づけさせてなかったんだけど何があったかご飯を一緒にするような仲になってるみたいでさぁ。
学校中ですごい噂の嵐ですっごい事になってるんだよね。でも会長はいつも通りの通常運転だし会計も書記も真面目だから生徒達のちょっとした混乱を抑えようと必死に働いてるしさ。でもさ、この非常事態、ちょっといじくってやれば面白いことになると思わない?」


 長ったらしいセリフをニコニコと天使のような笑顔で氷見は語る。内容さえないようでなければうっとりと見惚れてしまいそうな笑みだ。

 尤も、見慣れている故に草薙は見惚れることなど断じてないのだが。


「……やっぱり碌でもないな。聞くだけで耳が腐りそうだよ」
「うん、そんな毒舌な所も愛してるよ?マイハニー」
「腐り死ねよ、ダーリン?」
「うん、僕に対してだけ何時もの日本人らしい他人への配慮だとか人と深くかかわろうとしないところをごみ溜めに捨てるような所も愛らしいよ」


 草薙が真顔で照れもためらいもなく一言ありえねぇと呟くと、そんなことないよという返事がコンマ数秒で草薙のもとへと帰ってきた。

傍目からしていてそれはバカップルの会話そのものなのだが生憎とここに第三者はいない。ついでにこの二人にそんなことを突っ込めるような勇者もいない。


「それで?今度はどんな悪行をしでかすつもりだよ」
「やだなぁ。人聞きの悪い。悪行だなんてさ」
「悲しいことに揺るぎない事実だろ」


 氷見はふふっと小さく笑った。
 その笑みはどことなく妖艶で美しく、純粋で、汚いものをすべてのけたような笑み。……それ故に、何処か背筋が凍るような壮絶な怖ろしさと気味の悪さがある。


「ひぃだって人の事言えないじゃないか。こんなこと聞いてる時点で同罪の加害者でしょ?留めもしないなんて本当に図太いよね。繊細って言葉知ってる?」
「繊細なんてものはそこらのドブに投げ捨てたよ。その代りに(変な意味で)強くなったが」
「あははっ、らしいね」
「五月蠅いな、副会長のくせに」
「え?その言葉の意味が解らないんだけど。罵詈憎恨がだんだん雑になってきてるよ?」


 きょとんと氷見は首を傾げる。確かに意味が解らない言葉ではあるものの、草薙はそれについて特に反省したりだとか謝るだとかをしなかった。

 草薙人見。彼は一般的な人並み程度はプライドがあった。


「あー、もう。鬱陶しい。さっさと要件を言ってくれ」
「ん?ああ、要件ね、要件。そうだった。忘れてた」
「副会長から振った癖に忘れるなよ」
「ひぃとの会話が面白くてつい」


 そう言って綺麗に笑った氷見に草薙は絆されなかった。普通なら頬を赤く染めるであろう言葉にも笑みにも草薙には生憎耐性がある。

 ――――できることならこんな耐性を持つことよりも関わりたくなどなかった。そんな草薙の思いはもはや今更でどうにもならない。


「で?早く言えよ」
「相変わらず冷たいなぁ。うん、それでちょっと気になることがあるんだけどさ?あの滝内の友人の秋田晴海、だったけ?って確かひぃと同じクラスだったよね」
「あー、うん。確かに」
「うん、そっかそっか。一つ忠告しておくんだけどさ?これから先、ちょっと学校自体が不安定になる可能性があるんだよね。こう、不良同士の勢力争いみたいなものなんだけど。まあ、僕の家のバカ親たちに比べたら些細なことではあるんだけどさ」


 どういう意味だ。そう告げようと開いた口を草薙は閉じた。
――――氷見の家庭事情は酷くぐちゃぐちゃしていて汚すぎて、草薙はそのことを説明するどころか考えることすら気持ち悪くなってくる。

 人の事情を避け、面倒事を避ける割には精神が図太く人の事情などおかまいなしな草薙がそういうのだからそのあまりにもな酷さはまさに推して知るべきだ。


「それでさ、あんまり近づかないほうがいいよ?関係者だと思われたら困るでしょ」
「誰が面倒事のブラックホール染みた厄介事の種に近づくかよ。そんなものお前一人で十分事足りてる」


 吐き捨てるように草薙が言うと、氷見が愛おしそうな瞳で草薙を見て笑い、さっきからずっと草薙が座っているベットへと身を乗り出した。

 ギイッという音がベットからなる音が不可解なほどにその場に響く。


「そうなんだけどさ。まあ、忠告っていうよりはただの個人的な希望だよ。敵対しそうなトップがちょっとややこしそうなやつだからさ。ひぃには危ない目には合わせたくないからね」
「女じゃあるまいし。守られなくても生きていける。大体誰もかれもにそんな口説き文句吐くなよ」
「嫉妬?」
「五月蠅いな、だったら?」


 いつの間にか近くに座った氷見に、草薙は初めて自分から近づいた。ぐっと近くなる距離で、その美しい美貌がゆるりと猫の様に目を細め、目の前で笑う。

 ――――綺麗だ。今までさんざん見ているはずのその笑顔が、近くにあるというだけでそう素直に感じることに負けた気がしたが、今更だと己を嘲笑った。

「うん、素直にうれしいな。ねえ、僕のこと好き?」
「副会長ともあろうお方が平凡な俺にからかい半分で構ってきてるなんて知ったらファンが嫉妬して恐ろしいことになるだろ」
「からかい半分なんて本当に酷いな。愛してるよ?面白がってるってのは否定しないけど、それはひぃの事を面白い存在だって思ってるだけだしね」


 くすくすと音を立てて氷見は笑う。

 ……悔しいと、草薙はそう思っている。

 お遊びのように自分の影をちらつかせて、嘘とも本当ともつかない言葉たちで惑わして、いつもいつも悪辣で下種なことをする氷見近衛が心底ムカついた――――ムカついていただけのはずだった。


「……馬鹿馬鹿しい」

それは本心で、限りなく本音に近い、呪詛だった。


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