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8

キスをしながら、先輩の方をちらりと見ると先輩は階段の所から完全に姿を現してこちらをしっかりと見ていた。視界が半分塞がれているからはっきりとは見えないけれど、呆然とした顔で微動だにせず凝視しているのがわかる。

――――ああ、ぞくぞくする。

離れた後、キスをしたそいつが俺の視線の先にいかにも今気付きましたとでもいうようにわざとらしく振り返って驚いた顔をした。

「い、いけがみくん!」

先輩を見つけ、焦ったように言葉を詰まらせ俺の服をぎゅっと握りしめる。あざとい演技だけど、先輩に嫉妬させるにはうってつけの行為だな。

俺はそいつをそっと押しのけ、先輩の方へ向かって歩く。

「…ごめんね、先輩。告白断ったら、思い出にどうしてもって言われて。………ヤキモチ妬いた?」

先輩の顔を覗き込んでそう言うと、先輩は無表情のまま何も発することなく俺の横を通り過ぎ、そいつの方へ向かった。
うわ、相手に怒鳴ったりして。

目の前でそんなことされたら、俺笑いこらえらんないかもしんない。

ところが、先輩は俺の期待して想像していたこととは全く違う行動をした。


「あげる」
「…は?」

先輩の言葉に、そいつがわけがわからないと言うような顔をした。俺だってわからない。あげるって、なにを?

「君に、池上君の恋人って立場をあげる。」
「ちょ、ちょっとまって!」

何だって?恋人って立場をあげるって、どういう意味?
慌てて駆け寄って先輩の肩をつかむと、先輩はゆっくりと俺の手を払った。

「言ったとおりだよ。俺は君の恋人をやめる。…別れる。かわりに、この子と付き合えばいい」
「先輩、ごめん。ヤキモチ妬いたんだよね?」
「さわらないで」

その言葉に、嫉妬してるんだと嬉しくなって後ろから抱きしめると、今度はゆっくりなんかじゃなくぱしん、と素早く手を払われた。

「なん、」

そして、振り返って俺をみた先輩の顔を見て俺はさっきまでの高揚した気持ちが一瞬にして冷める。


―――先輩は、見たことがないほど無表情だった。


「…せんぱ」
「…君はさっき、俺の事を『一応恋人』だって言った」
「や、それ、は」
「『一応』なら、俺じゃなくてもいいよね?」
「違う!」

確かにさっきそう言ったけど、それは本当に一応って意味で言ったんじゃない。それも、先輩に嫉妬させるための一つの手段に過ぎないのに。

「…でも、例え一応でも、…俺の前で、キス、なんて…」

そこまで言って、先輩の顔が途端に苦しそうに歪む。

「無理…。無理だよ。俺は、恋人がいるのに他の人にキスできる君の気持ちがわからない。君にとって恋人って何?キスって何?…だめだよ。俺には、理解できない。したいとも思わない。少なくとも俺にとって恋人は、キスは、本当に好きな人となるものでその好きな人と心を交わすためにするものだ!」

半ば吐き捨てるようにそう言った先輩の顔は、今まで見たことがないほど苦しそうな顔だった。これなんだろうか。俺が見たかった顔は、これなのか?

「本当は、その子に聞いてたんだ。君はとてもモテる。恋人がいてもいろんな人と遊びに行くし告白されたりもしてるって。君は一人の物にはならないから、覚悟した方がいいよって。代わりなんかいくらでもいるんだからって。…でも、そんなこと信じたくなかった。信じなかった。だって君は俺の前で他の子と仲良くすることはあっても、いつだって俺を大事にしてくれていたから。俺と君は付き合っているって、ちゃんと言ってくれたから!
…でも、無理だよ…。君と俺じゃ、感覚が違いすぎる。君には好きな人じゃなくても思い出のためにと言われてできるキスでも、俺にはできない。ごめんなさい。別れてください。」
「先輩!」


ぺこり、と頭を下げて振り返りもせずにその場から去っていく。俺は何がなんだかわからなくてただ呆然と立ちすくんでいた。
そんな俺に再度別れたんなら付き合ってくれないかと声をかけてきたそいつにきちんと断って、自分の部屋に戻る。


俺はベッドに寝ころびながら先ほどの先輩の言葉をずっとずっと頭で繰り返していた。


別れるって、本気なんだろうか?そんなはずないよな。ただヤキモチ妬いて、そう言っただけなんだよな。
俺の手を振り払った時の先輩の顔を思い出して不安で不安で仕方がなくなる。今までいろんな奴らに嫉妬させてきたけど、あんな顔は見たことがない。嫉妬する恋人たちの顔にこんな思いを抱かされたことなんてなかったのに。


先輩に、メールを送る。


だけど、何回やっても送信したそれはエラーで返ってくるだけだった。

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