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4

それから、俺はたびたびこうして圭介を食事に誘い、車で帰りは送るようになった。接待があったりするから、毎日というわけではないけれど圭介と過ごす時間は以前に比べたら格段に多くなっている。

…だからといって、圭介を嫁にするつもりがあるのかと言われると正直微妙だ。久しぶりに再会してから、ずっと、圭介は自分の事を俺の嫁だという。だけど、それを受け入れたのかと言われると頷けない。

自分勝手だとは思うけど、俺は圭介の逆プロポーズを受けたつもりはなくて何と言うかあいつが持ってくるから弁当を受け取っているだけで、それが旦那だからかと言われるとはっきり言って返答に困る。圭介といるのは楽しい。気負うことなく話せるというのか、一緒にいると落ち着くというか。でも、恋愛感情ではない…と思う。

圭介を見て、ドキドキするとかそう言った感情は湧いてこないんだ。


「洋介くん。最近お昼、食堂で食べるからってお弁当持っていかないけどきちんとバランスよく食べてる?」

圭介から弁当を受け取るようになって2か月ほど経ったある日の朝、出社しようと玄関で靴を履いているとリビングからいつものように見送りにきた母さんに言われてドキッとした。
…実は、圭介から弁当をもらっていることは、母さんに言ってない。なんとなく、ばれたくなかったんだ。

「う、うん。大丈夫だよ。ちゃんと食べてる」
「うそ。洋介くん、外食だとほとんど野菜食べないから。ほら、今日はこれ持っていきなさい。ちゃんと野菜全部食べるんだよ」
「あ…」

普段の俺の外での食生活を知ってる母さんは、俺が偏った食事をしていると思ったんだろう。有無を言わさず弁当を渡されて、俺はそれを断ることができなかった。

その日、いつものように駐車場で圭介に弁当をもらった俺は昼休みに二つ弁当を並べて頭を抱えていた。母さんの弁当、残すわけにはいかないし。残して帰ったらへんに疑われるだろうしな。だからと言って圭介の弁当を食べないわけにもいかないし。…二つはさすがに多いよな…。

「おっ、なんだ上原!お前弁当二つも持ってきてんのか?」
「あ、いや…」

悩んでいると、同僚の北山が後ろからのしかかるようにして俺の机に並べられた弁当を見た。

「なになに、もしかして貢がれたとか?くう〜、モテる男はつらいねえ!」
「そんなんじゃ…」

ない、と言いかけて口ごもる。母さんの弁当は、実家で作ってくれたと言えるけれど、圭介の弁当は何だか公に口にできなかった。

「なんだよ、二個もいらねえだろ!いっこもらってやるよ!」
「あ!おい、」

そう言ってひょい、と勝手に俺の机から北山が持ち上げたのは、圭介の弁当だった。



その日、いつものように駐車場に行くと圭介が白い息を吐き出して俺の車の前で待っていた。その姿に何だか気分が高揚する。

「圭介」
「あ、よーちゃん…」

だけど、俺が声をかけた時にこちらを向いた圭介は、いつものように輝くような満面の笑顔ではなかった。そう、何て言うのかな。今にも消えてしまいそうに、儚いというか悲しげというか。

「どうしたんだ?何か元気ないな」
「う、ううん。別に、そんなこと…」
「そうか?あ、これ、弁当箱。いつもありがとうな」

殻になった弁当箱を差し出すと、一瞬泣きそうな顔になってそっと何も言わずに俺の手から弁当箱を受け取った。

「な、なあ、晩飯まだだろ?一緒に…」
「よーちゃん」

何だかそんな圭介が気になって仕方なくて、何とか元気を出してほしくて晩飯を食いに誘おうと思い声をかけると、圭介からその言葉を遮るように名前を呼ばれた。いつもと全然違うその口調に、嫌な予感がして心臓がばくばくと大きくなりだす。

「…もう、いいよ。ごめんなさい。」
「は?なにが…」
「よーちゃんは、そんなつもりなかったんだよね。僕が強引に押してくるから、仕方なく付き合ってくれてたんだよね。」

だから、もういい。

そう言われてますます俺の心臓が激しくなる。何が、何がいいってんだ。目の前の圭介は、今にも泣きそうに顔を歪めて俺の渡した弁当箱をぎゅっと胸に抱いている。いたたまれなくなって手を伸ばすと、圭介は俺の手をするりと避けた。

「…ぼく、ほんとはわかってたんだ。保育士さんになったって、お弁当を作って来たって、よーちゃんのおよめさんにはなれないんだって。だって、そうでしょ?よーちゃんは、昔も今も、保育士さんが好きなわけじゃなくて…礼二郎先生が好きなんだもんね。」

にこりと微笑む圭介に、息をのむ。

「お昼休み…、たまたま、よーちゃんの営業部の前を通ったら、よーちゃんがお弁当を二つ持ってて…僕、すごくドキドキした。よーちゃん、どうするんだろうって。もしかして、何て思ってた。でも、でもね…。…よーちゃん。もう一つは…、礼二郎先生の、お弁当だったんだよね…?」

ぽろり、と圭介の目から一粒のしずくが落ちる。初めて見る圭介の涙に、頭が真っ白になる。

「ごめんなさい。毎日お弁当受け取ってくれるから、たまにこうしてご飯を食べに連れて行ってくれるから、…家まで送ってくれるから。ぼく、うぬぼれちゃった。もう、やめるね。ばいばい。」

ちがう、と声を出すよりも前に、唖然とする俺の前から圭介はあっという間に駆け出して行ってしまった。



その次の日から、圭介は駐車場には来なくなった。同じ会社にいるというのに、姿を見る事も無い。帰りに思わず駐車場内を見渡して、どこかにその影が見えないかと探す自分がいる。

あの無理やり弁当を持たされた日、空になって返ってきた弁当箱を見て母さんは嬉しそうに笑った。『やっぱり偏食してたんでしょう。これからちゃんと毎日持っていきなさい!』そう言って、その次の日も弁当を持たせてくれたけれど、前までの俺なら喜んで持っていったその弁当箱が、今の俺には重りのようにしか感じられなかった。



「洋介君。ちょっといい?」

日に日にやつれて憔悴していく俺を見て母さんが、ある日の朝とても心配そうに声をかけてきた。
目の前で首を傾げて心配そうに俺を見るその仕草に、前までだったらすごくドキドキしたのに今は何とも思わない。それどころか、それが圭介と重なってずきりと胸が痛んだ。

「…洋介君、なにがあったの?最近全然元気がない。もしかして、好きな子と何かあった?」
「好きな子…?」
「あれ?違うの?」

母さんの言葉に思わず目を見開いてつぶやくと、母さんが首を傾げた。好きな子、だって?俺が、好きなのは…

「だって、洋介君、ここ最近すごく楽しそうだったじゃない。『接待だ』って言って帰ってきたときはものすごくつまらなそうな、寂しそうな顔して帰って来るのに『残業だ』って遅く帰ってきた時は、何だかにこにこしてて。だから僕、てっきり好きな子と毎日デートしてるのかなって思ってたんだけど」

…内緒にして、変わらない態度でいたつもりなのに、俺、そんな顔してたのか。

ふと、駐車場で俺を待つ圭介の姿が頭をよぎる。俺を見つけた途端に、花が咲いたみたいな笑顔を向けてくれる圭介。空の弁当箱を嬉しそうに受け取って、照れたように笑う圭介。

どれもこれも、思いだすと胸がぎゅっとなってまた見たいと思う。会いたい。会いたくてたまらない。

…おれ、いつのまにか、こんなにも圭介でいっぱいになってたんだ。


「…うん。そうなんだ。俺の事が好きで好きで、お嫁さんにしてっていってくれる子がいたんだけど。でも、俺、バカだから。相手を怒らせちゃったんだよ。」


今、ようやくわかった。圭介が来なくなって、駐車場がひどく冷たく感じるようになって。冬の寒さのせいだと思っていたそれは、そこにひだまりのような圭介がいなくなったからだとどうしてすぐに気付けなかったんだろう。

圭介と一緒にいて、ドキドキしないのは好きじゃないからじゃない。空気のように、傍にいて当たり前だから…。その空間が心地よいものだったからだって、どうして気付けなかったんだろう。

しかも、自分の勝手で圭介を追い詰めて、泣かせた。圭介が、毎日どんな思いで俺に弁当をくれていたのかを考えもせずに。

「ばかだね、洋介君。保育園で教えたでしょ?悪い事をした時はどうするんだっけ?」

ぽん、と俺の頭を軽く叩いて、腰に手を当てるその仕草は保育士だったその時から全然変わらない。俺、本当にこの人が好きだった。でもそれは、いつのまにか母さんとしてでしかなかったんだ。

「…ごめんなさいって、謝る。」

よし、と言って頭を撫でてくれた母さんから、俺はようやく親離れすることができたような気がした。

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