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ラーメンの麺をゆでながら、紫音も小さくため息をつく。初めてここに来て、おかみさんに挨拶をしているときに学校から帰ってきた博が駆けてきた。
『克也さんたちきてるって!?』
大喜びで犬の様に二人に飛びつく博を見てびっくりはしたものの、かわいいなと思った。おかみさんに紹介され、頭を下げた双子を見て、博もきちんと挨拶をしてくれた。博は、克也と晴海がそれぞれ二人を大事な友達だと紹介したときに、梨音を見て顔を赤くしながら
『こんな可愛い人射止めるなんてさすが克也さん!』
ともろ手を上げて祝福してくれた。だが、紫音の時は違った。
どうも、博の中で紫音の容貌とその中身が一致しないことが許せなかったらしいのだ。
『なんだよお前!そんなナリしてなよなよしやがって、男だろ!』
それから、ことあるごとに紫音の事をうじうじとした情けない男だと怒りをもって責めるのだ。
「ああもう!だから入れるものは先に横に出しとけって言っただろ!?」
「ご、ごめんなさい」
「ったく、ほんと見かけ倒しだな。」
博は、幼少の頃から手伝っているのでものすごく手際がいい。慣れない紫音は、失敗をするたびにこうしてひどくその容姿についてのイヤミを言われるのだった。
「紫音ちゃん、お疲れ様。」
夜、ようやくバイトが終わって部屋の窓から目の前の夜の海を眺めていると晴海が紫音のほっぺたに冷たい缶ジュースを当てた。
「先輩、ありがとう」
ふにゃんと笑いながらジュースを受け取る紫音ににこりとほほえみ返し、隣に座る。
「…紫音ちゃん、大丈夫?博にだいぶいじめられてるんじゃない?」
「うん、大丈夫だよ。いじめられてなんかないよ、俺がきちんとできないから怒られるんだし。」
博の余りにもキツい態度に、晴海をはじめ梨音もあの克也でさえも、博を注意しようとしたのを止めたのは紫音だ。紫音は、博が自分のためを思って怒るのだと信じて疑わない。
そして晴海たちも、強く出れないのにはわけがある。博はまだ中学生だ。三人から責められればよけいに紫音を恨んでしまうかもしれない。そう思うと、やんわりと注意するしかできないのだ。
実際、言い方が悪くよけいな一言がついてくるだけで博は仕事について嘘をついたり間違ったことを教えたりするわけではない。
「お仕事って大変なんだねえ」
ジュースを飲みながらにこにこと笑い、窓の外を眺める紫音の頭を晴海は優しくくしゃりと撫でた。
「紫音ちゃん。どうしてもイヤなことがあったら、ちゃんと言うんだよ。」
「うん、ありがとう晴海先輩。大丈夫だよ。だってこうして終わった後、晴海先輩がいい子いい子してくれるもん」
そのまま、こてん、と隣の晴海の肩に頭を預ける紫音の肩を引き寄せる。
「ねえ、先輩。海の向こうのあれ、なに?きらきらしてすごくきれい」
「あれは漁り火だよ。漁師さんたちがあそこでああやって漁をしてるんだ」
「へえ…宝石みたいですごくきれいだね」
「…紫音ちゃんの方が綺麗だよ」
沖に揺らめく漁火を見つける紫音の頭を撫でると、紫音がその目を晴海に向ける。そして晴海は、その目に誘われるかの如く自然にそっと紫音に口づけた。
「晴海さん!…っ!?」
その時、突然に部屋の扉が開かれ、博が飛び込んできた。いち早く反応した紫音が思い切り体を引き、晴海から距離を取る。
「…なに、してたの…」
「あ、あの…」
すぐに離れたから見られてはいないのでは、という紫音の期待はハズレ、どうやらしっかりと見られていたらしい。どうしようかとおろおろする紫音をよそに晴海ははあ、とため息をついてガリガリと頭をかいて紫音をぐいと引き寄せた。
「なに、って、キス。キスしてたんだよ。」
「…!」
「は、晴海先輩…!」
何を、と慌てて離れようとする紫音を離れさせまいともっと密着するように引き寄せる。
「博、この際だから言っとく。紫音ちゃんはね、俺の恋人なんだ。大事な大事な子なんだよ。だから、あんまり苛めないでやってくれよ?」
「晴海先輩!」
紫音を引き寄せながら困ったように眉を下げてお願いする晴海に、博は驚愕に目を見開いたかと思うと次の瞬間には紫音をぎっときつく睨みつけた。
「…もち、わりイ」
「え?」
「…っ、きもちわりい、って言ったんだよ!梨音さんみたいなかわいい人ならまだわかっけど…、こんな、こんな図体ばっかでかくてうじうじしたやつっ…晴海さんには似合わな…」
「博」
暴言を吐く博の言葉を遮り、冷たい声で名を呼ぶ晴海に博がひゅ、と息をのむ。紫音から目を晴海に移すと、今まで見たことがないくらいに怒りを含んだ冷たい目で自分を見つめる晴海に、博は顔を青くした。
「それ以上言うといくらおまえでも許さねえよ?この子は、お前が言うような子じゃない。何も知らないくせに紫音を悪く言うな」
「…!」
ぴしゃりと言われ、博は唇を強く噛んだ。そして、ぐっと拳を握りしめると部屋から飛び出して行ってしまった。
「博君!」
「紫音ちゃん!」
博が飛び出すと同時に、紫音が晴海の腕の中から離れて博の後を追い晴海の制止の声も聞かずに部屋から飛び出した。
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