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かくして、四人組は海の家にたどり着いたのである。海の家は、近くの民宿の人たちで運営されており、一週間晴海たちはその民宿でお世話になる。
初めての、二人でのお泊りとバイト。梨音と紫音は電車に乗って見えた海に、これからの一週間を思うととてもわくわくしていた。
民宿の女将さんはとてもいい人で、明るくさばさばとしていた。初めてあいさつに訪れた時、挨拶をした紫音と梨音を見て豪快に笑った。
「あんたはちみっこくてかわいらしいねえ!女の子によく間違えられるだろう?よし、あんたは表で接客担当だね。そのかわいらしい容姿で客を呼び込んどくれ!それから、あんたはえらいまあ大きいねえ!そんななりなのになんてかわいらしい中身なんだろうねえ。あんまり人と話すのが苦手みたいだから、あんたは中でお仕事しとくれ。」
からからと笑いながら言われ、そのイヤミのない言い方に紫音はとても安心した。
よかった。ここでも、こんな自分をきちんと認めてもらえた。
心底ほっとした顔をした紫音の手を、隣の晴海がぎゅっと握る。晴海の方を向いて、自分に向けられる微笑みに紫音も同じく微笑みを返した。
かくして、二人の初めてのバイト体験が始まったのである。
「おにいさ〜ん、かき氷くださ〜い!」
見事なスタイルを惜しげもなく魅せるビキニ姿の若い女の子たちが克也に鼻にかかった声で注文をする。不愛想に返事をして差し出されたにもかかわらず女の子たちは
『マジクール!』
などときゃあきゃあ騒いでいる。それにちらりと視線を投げ、ふっと口元に笑みを浮かべ、
「…トウモロコシはいらねえか?」
というと女の子たちは途端に顔を真っ赤にして腰砕けのようにとろけた顔になり追加で言われたものを注文するのだ。
「お兄さん、アイスください!」
「ありがと〜!アイスでお腹冷えちゃったらさ、今度はあったかいもの食べに来てね。サービスしちゃうよん」
同じく若い女の子に声をかけられた晴海も、にこにこといつものへらりとした甘い笑みで女の子たちに中での食事を勧める。すると女の子たちはきゃあきゃあと騒ぎながらまた店にやってくる。
そんな感じで、二人は店の売り上げに毎年かなり貢献しているのだ。
いつもなら女の子で賑わうこの海の家。だが、今年は違った。
「いらっしゃいませ!えと、おうどんでいいですか?」
「はい、おうどんで!」
こてん、と首を傾げる梨音に真っ赤になって答える男の二人連れ。にこりと微笑んで
『ありがとうございますー!おでんはどうですか?』
と言うとさらにおでんが追加で入る。
そう。今年は、梨音目当てでいつもに加え男の客まで増えたのだ。
Tシャツに短パン、そしてエプロン姿の梨音はちょっとみるとボーイッシュな女の子のようだ。そんな梨音目当てで店に来た輩は、連絡先を聞いて口説こうとしてもれなく克也からの絶対零度のブリザートを浴びせられることになるのだが。
そんな店内の様子を見ながら、紫音は小さくため息をついた。
…俺も、りーちゃんぐらいかわいく接客できたらもっとお店の役に立てるのになあ…
「ほら、紫音ちゃん。ここにしわが寄ってるよ。」
そう言って人差し指で紫音の眉間をツンツンとつつく晴海に何とか笑顔を返す。
「ご、ごめんなさい。ありがとう、晴海先輩」
「うん、じゃあ注文…」
「おい、何やってんだ」
小さくガッツポーズをした紫音ににこりと微笑み、自分のきいてきた注文を伝えようとした所で紫音の後ろから少し高めのふてぶてしい声が聞こえた。振り向くと、日に焼けていかにも海の男です、というような少年が怪訝な顔をして腕を組んで立っている。海の男、というような勇ましい雰囲気ではあるが、少年というのはこの子が中学生であるからに他ならない。なんでも、おかみさんの妹さんの子供らしく以前からずっとこの季節には手伝いに来ているそうだ。
この子は、晴海と克也に憧れているらしく二人にはとても懐いている。だが、この少年は紫音を見るなり嫌悪感丸出しで接してきたのだ。
「注文入ってんだろ。さっさと動けよでくの棒!」
「ご、ごめんなさい!」
「おい、博(ひろし)」
「先輩、だめ」
紫音に対してきつい言い方をした博に対して、晴海が抗議をしようとしたのを小さな声で止めたのは紫音だった。
「すぐやります、ごめんなさい」
「ちっ、はやくしろよ!うちは役立たずに金をやるほど優しい職場じゃねえんだからな!」
ぺこりと頭を下げて謝る紫音に、ひどく忌々しい顔をして博がまた奥に引っ込むと晴海が紫音の顔を心配そうにのぞき込んだ。
「紫音ちゃん」
「ダメだよ、先輩。俺がきちんと仕事しないのが悪いんだから、怒っちゃダメ。えっと、注文だよね。いってくる!」
にこりと笑うと紫音はパタパタと厨房の奥に引っ込んでしまい、残った晴海は大きくため息をついた。
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