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確かに、黛とは連絡を取っていた。
それは、俺の愚かな未練。
幸人様の為に身を引いたつもりでいても、完全につながりを断つことはできなかった。
…断ちたく、なかったんだ。
俺以外の、誰でもいい。
幸人様が、幸せになれる相手を見つけて、また心から笑えるようになるまで。
幸せになる幸人様を、見届けたかった。
だけど、黛の月一のメールではそんなことは一言も書いていなかった。幸人様は、あのまま榊原の家で咲人さまのサポートとして大きくなってくれるものだとばかり思っていた。
今の幸人様の話を聞く限りでは、恐らく三人で結託していたんだろう。
本当の事を言うと、俺がまた逃げるから。
もし幸人様が榊原を抜けたなんて聞いていたりしたら、間違いなく俺は黛との糸を切っていただろう。そして今度こそ誰にも見つからない様に、誰にも知らせずこの町からも姿を消しただろう。
「…お前が消えても、絶対に前みたいにやけにはならないって決めた。それよりも、絶対捕まえてやるつもりだった。
自分の足で立って、正明と一緒に歩けるように。
その為に、調理師の免許取ろうと思ったんだぜ?お前がこの町の喫茶店を継ぐんだって聞いたから。
言ったじゃん。俺が守るって。
お前の後悔も、苦しみも、全部全部受け止めるって。
もしあのまま榊原にいたとしたって、その気持ちは変わらなかったよ。
マイナスなら、プラスを多くすればいい。
誰に何と言われたって、正明は俺のすべてだから。」
目の前で微笑む幸人様の顔がじわじわと霞む。
ああ、もう。
だからお前、どうしてそんなにかっこいいんだよ。
俺のせいで、という罪悪感が沸くよりも前に、幸人様が続けた話に俺はこの人には一生敵わないと思い知らされる。
いいのかな。
こんな俺が、幸せになってもいいのかな。
幼い弟を一人で死なせてしまった。
幸せにしてやることのできなかった俺が、弟を差し置いて幸せになれるのだろうか。
「…おれ、は、弟を、一人で死なせて…、そんな俺が…、自分だけなんて」
「…正明。例えばだ。例えば、弟さんが命を落としてしまったあの日の夜に、お前がいたとしたら、お前はそうなるのを防ぐためにその身を挺して庇っただろう?」
ふと幸人様に投げられた問いに当たり前だ、と頷く。あの日から、幾度思ったかしれやしない。自分があそこにいれば。もう少し早く帰っていれば。
「そうしたとして、もしお前が弟さんの代わりに命を落としていたとしたら。弟さんがその事をずっと罪に思い、幸せになってはいけないのだと自分の幸せを放棄したとしたら。お前は、それをよしとするか?そうあることを望むか?」
そんなこと、望むはずがない。いつだって、弟が幸せになるためにをただひたすら願って生きていた。大事な弟が、人並みの幸せを手に入れてくれるようにと、それまで何があっても守ってやると決めたんだ。
目を見開いて大きく首を振って、はっとする。
「…もし俺だったら。咲人兄貴が、俺の事で自分を責めて幸せになることを放棄したら、怒る。どうして俺の分まで幸せになってくれないんだって怒る。大事な兄弟が幸せにならずに自分のせいでずっと不幸を選んで生きていくだなんて、そんなのは嫌だ。それは、お前も同じだろう?
…だったら、お前の弟さんも同じじゃないか?」
だって、兄弟なんだから。
そう言って微笑む幸人様の言葉に、目の奥が熱くなってぼろりと涙が零れ落ちる。
「いい、のか…?
俺は、相変わらず、金もないし、贅沢なんてさせてやれないぞ…?」
「何言ってんの。
俺も今卒業したての無職なんだけど?それにさ。
…正明と一緒にいられる以上の贅沢なんてないよ。」
涙にぬれた目で見上げた幸人様の顔。俺に向かって向けられるその笑顔は、今まで見た中で一番輝いていて。
その言葉に、とうとう俺は白旗を上げた。
「正明」
微笑みながら、両手を広げ俺の名を呼ぶ愛しい人の胸に飛び込んで、その体を抱きしめる。
「幸人っ…!愛してる…!」
「…俺も」
話したいことや伝えたいことは山ほどあるけれど。
とりあえず今はキスをしよう。
口づける二人の間を、祝福するかのように墓前の花が揺れた。
end
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