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「…やっぱり、ね」
お店は、電気が消えて真っ暗だった。
四時間も経ってるんだ、そんなに待つ人なんていないだろう。
桜庭さんは、どう思っただろう。
いい加減なやつだと呆れただろうか。
…いっそ、そう思って嫌われた方がいい。嫌われたと思ったら、諦めがつきやすい。
…桜庭さんが、本当に好きだった。
最後に、二度と訪れることのないだろう桜庭さんに出会えたこの場所を、胸に刻もうと、真っ暗なドアに手を触れようとした瞬間。
いきなりドアが開いて、腕を引っ張られて中に引きずり込まれた。
そして、そのまま抱きしめられる。
「は、離して!いやだ!」
びっくりして、離れようと暴れると余計にきつく抱きしめられる。
「啓太君」
耳元で聞き覚えのある優しいテノールが響く。
「さ、くらばさん…?」
動きを止め、顔を上げると僕を抱きしめていたのは桜庭さんだった。
「ご、ごめんなさい…」
「ううん、僕こそ驚かせちゃってごめんね。一人電気をつけて残ってたんだけど、お客さんが何人ものぞきに来て困っちゃってさ。だからいないフリを装って電気を消してたんだ。」
店内の電気をつけ、中からシャッターをしめた後桜庭さんが言った。
そうだったんだ。
そりゃそうだよね、桜庭さん一人ならそんなチャンスを、桜庭さんを狙ってる人たちが見逃すはずはない。
「電気は消してるって、連絡しようかと思ったんだけどもしその時に『やっぱり来ない』なんて断られたらと思うと、怖くてできなかった。
…来てくれて、ありがとう。」
桜庭さんの言葉に、どきりとする。どういう意味だろう。
「…っ、ごめんなさい…、まさかこんな遅くまで待ってくれてるなんて…」
「あはは、言ったでしょ?来てくれるまで待ってるって。」
優しく笑いながら、頭を撫でてくれる。
嬉しくて、顔が熱い。
「それより、こんな遅くに出てきて大丈夫なの?」
「はい、友達のところに泊まりに行くって言ってきました。」
誰もいない店を見たらきっと泣いちゃうだろうから、先に友達に電話して泊まらせてもらいに行く予定にしていた。
「…髪、戻したんだね。」
僕の髪を撫でながら、桜庭さんがつぶやく。
なにを言えばいいのかわからなくて、下を向いてしまった。
「…僕に染めさせてくれないかな?」
「え…」
顔をあげると、真剣な顔をして僕を見つめる桜庭さんが居た。
「お願い」
余りに真剣なその目に、僕は黙って頷いた。
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