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8

「…やっぱり、ね」


お店は、電気が消えて真っ暗だった。
四時間も経ってるんだ、そんなに待つ人なんていないだろう。

桜庭さんは、どう思っただろう。
いい加減なやつだと呆れただろうか。
…いっそ、そう思って嫌われた方がいい。嫌われたと思ったら、諦めがつきやすい。


…桜庭さんが、本当に好きだった。


最後に、二度と訪れることのないだろう桜庭さんに出会えたこの場所を、胸に刻もうと、真っ暗なドアに手を触れようとした瞬間。


いきなりドアが開いて、腕を引っ張られて中に引きずり込まれた。



そして、そのまま抱きしめられる。


「は、離して!いやだ!」

びっくりして、離れようと暴れると余計にきつく抱きしめられる。

「啓太君」

耳元で聞き覚えのある優しいテノールが響く。

「さ、くらばさん…?」

動きを止め、顔を上げると僕を抱きしめていたのは桜庭さんだった。



「ご、ごめんなさい…」
「ううん、僕こそ驚かせちゃってごめんね。一人電気をつけて残ってたんだけど、お客さんが何人ものぞきに来て困っちゃってさ。だからいないフリを装って電気を消してたんだ。」

店内の電気をつけ、中からシャッターをしめた後桜庭さんが言った。
そうだったんだ。
そりゃそうだよね、桜庭さん一人ならそんなチャンスを、桜庭さんを狙ってる人たちが見逃すはずはない。

「電気は消してるって、連絡しようかと思ったんだけどもしその時に『やっぱり来ない』なんて断られたらと思うと、怖くてできなかった。
…来てくれて、ありがとう。」

桜庭さんの言葉に、どきりとする。どういう意味だろう。

「…っ、ごめんなさい…、まさかこんな遅くまで待ってくれてるなんて…」
「あはは、言ったでしょ?来てくれるまで待ってるって。」


優しく笑いながら、頭を撫でてくれる。
嬉しくて、顔が熱い。

「それより、こんな遅くに出てきて大丈夫なの?」
「はい、友達のところに泊まりに行くって言ってきました。」



誰もいない店を見たらきっと泣いちゃうだろうから、先に友達に電話して泊まらせてもらいに行く予定にしていた。


「…髪、戻したんだね。」

僕の髪を撫でながら、桜庭さんがつぶやく。
なにを言えばいいのかわからなくて、下を向いてしまった。



「…僕に染めさせてくれないかな?」
「え…」

顔をあげると、真剣な顔をして僕を見つめる桜庭さんが居た。

「お願い」

余りに真剣なその目に、僕は黙って頷いた。

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