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8

「それで、一体何がきっかけで記憶が戻ったの?」

ケーキを頬張りながら晴哉が原口の膝の上に乗っている伊集院に問いかける。一口大に切ったケーキを原口に『あ〜ん』なんてしてもらい、目の前に人がいるなどとお構いなしだ。いや、目の前どころではない。ここは学校の食堂で、今は昼休みで、周りには学園の生徒がごった返しているのだ。

記憶が戻り、お互いの気持ちを再確認しあった伊集院は、今まで以上に原口にべったりとくっつくようになった。それは、陰で嫌がらせをする人間への牽制でもある。自分たちの仲が元に戻ったとはいえ、また同じことを原口に対してされたのではたまらない。そこで伊集院は、原口にもっともっとくっついていようと考えた。

今日も食堂に来て食事を終えた原口の膝の上に自分から乗った。

こうしてラブラブなところを見せ付けるのは以前からもあったのだが、こんなに甘える伊集院を学園の生徒たちは見たことがない。さらに、甘える伊集院を原口は嫌がるどころか余計に甘やかす。

記憶がなくなっている間に伊集院に言い寄ろうとしていた輩も、原口に嫌がらせをしていた輩も初めて見た時には何が何だかわからず原口を呼び出して責めようとした。だが、以前にもまして四六時中伊集院が引っ付いておりその隙もない。
そのうち、こうして連日目の前でいちゃいちゃバカップルぶりを見せつけられ、何も言えなくなり悔しそうな目で見るどころか、いつのまにやら『甘ったるすぎて胸焼けしてます』と言わんばかりにげんなりとしているようだった。それと同時に、原口への嫌がらせも沈静化して行ったのである。


だが、伊集院の取る甘え行動だけがそうさせたのではない。あの日、鳥小屋に対して嫌がらせ行為をしてきた取り巻きたちが昼休みの食堂で原口と伊集院に対して謝罪をしたことも一つの要因であった。

あの日、目の前で恋い慕うはずの伊集院が泣きながら『自分は必要ない』と言ったこと。その姿を見て、自分たちがした行為がいかに人を傷つけるものであったかに気付かされたのだと、大勢の生徒が見る中で頭を下げた。

それを見た他の生徒たちも、自分がした行動に気付かされたに違いないと原口は思う。

伊集院が愛しい人を守る為に取った記憶を捨てるというその行動は、全校生徒の心を動かした。



あむ、とケーキを口にしてもぐもぐと口を動かしながら伊集院はう〜ん、と考えた。

「きっかけ、か。そうだな…。汚された鳥小屋を見て、何故かとても悲しくて仕方がなくて…まだその時は記憶が戻っていなかったからな。以前の…忍と出会う前の俺ならば、自分と関係のないこの場所ごときに感情を乱されることはない。だけど、その時は違った。汚れた鳥小屋を見て、何かと被ったんだ。なぜこんなにも胸が痛むのかわからなかった。」

ふ、とどこか悲しげに微笑む伊集院の頭を、原口が撫でると伊集院は原口を見つめにこりと笑った。

「ここは、大事な場所のはずなのにと、とても悲しかった。鳥小屋の中に、誰かが掃除をする影が見えて、その人が悲しむ、となぜか思ったんだ」


記憶はなくとも、心が覚えていた。
ぼんやりとした影は、伊集院が小屋にはいると消えてしまった。同時に、ひどい焦燥感にかられる。
自分から望んだはずなのに。いざそうしてみると、そばにいないのが、いることができないのが悲しくて。

誰のそばに?誰と共に?

ただ好きなだけだったのに。ただ、幸せになりたいだけだったのに。



―――忍と。



「名前が浮かんだと同時に、鳥小屋でさっき見えた掃除をする誰かの姿がはっきりとしてきて、その幻が俺を抱きしめた。そこで初めて、自分が現実に誰かに抱きしめられていることに気が付いた。『青い鳥』と呼ばれて、振り返って、その顔を見た時に、俺に優しく微笑んでくれているのを見たときに、はっきりと思いだしたんだ。」
「ふうん…」

話をし終えた伊集院は顔を原口の方へと向けるとその首に腕を巻きつけ原口の首に顔を埋めてすり寄った。話を聞いた晴哉は、今まで以上に甘いその空気のせいで目の前にあるケーキに胸焼けした。

「俺の事を『青い鳥』と言ってくれるのは、忍だけだ。こんな俺を、忍の幸せを運ぶ鳥だと言ってくれるのは、忍だけなんだ。」
「崇」

首に埋めた顔をそっと手で上げて、伊集院の名を呼ぶと伊集院はどうしたのだろうかと不思議そうに原口を見つめた。

「追い詰めて、ごめんな。いつも言葉足らずでお前を傷つけてごめん。俺はお前を囲う鳥かごじゃなくて…お前が安心して休めるような止まり木に、なるよ。」

大きく羽ばたくお前の枷ではなく、お前が羽を休める場所でありたい。

原口に抱かれ微笑みを浮かべる伊集院を見て、それを見守る学園の生徒たちもまた幸せな気持ちになる。
原口の言葉にとろけるように幸せな笑みを浮かべる伊集院は、その笑みで自分だけでなく周りの皆をも幸せにする青い鳥なのだろう。


原口という止まり木で羽を休める伊集院に、幸あれ、と全ての人間が願った。



end

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