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6

紫音ちゃんが記憶をなくしたことについて、二見さんが言った原因。それは、紫音ちゃんが事故に遭ったあの日、二見さんのバーで紫音ちゃんがシオンと遊びに上に上がったと思っていた時に、俺が二見さんと話していたことだ。

あの時、二見さんとふと紫音ちゃんたちとの出会いの時の話になった。

俺たちの出会いは、今思えばまあ『最悪』の一言だと俺は言った。もちろんそれは、紫音ちゃんに対して言ったわけではない。

あの時を思い返してみると、俺は噂を鵜呑みにしていたために初めから紫音ちゃんの事をそういう目、つまり俺たちと同じ種類の人間だという目で見ていた。第一印象だって、『いけ好かない』。その為に俺が紫音ちゃんの本当の姿を知るまで、いや、知っても紫音ちゃんに対して散々ひどい事をして、言って傷つけてた。

ことあるごとに梨音ちゃんと比べたり、陰で不愛想でごつい男だと悪く言ったり。

そんなあの時の自分を思いだすと罪悪感で死にそうになるんだよね、と話した。


『あんなんじゃなくて、初めからこうだったらなあ。俺、もうめちゃくちゃ甘やかしてかわいがって俺しか見えなくさせてやったのに。今じゃなあ…。』


たまたま、そこの部分だけ聞いてしまったんだろう。紫音ちゃんは、完璧にその言葉を誤解してしまった。


あの時の自分が嫌で、例え恋人になっても今現在の自分ではだめなのだと。俺に突っかかっていた時の自分は俺にとってなくしたい過去なのだと誤解してしまった。


『こんな自分、過去ごと消えてしまえばいいのに』


紫音ちゃんが出した結論は、それだった。そこに、あの事故。俺の言葉に消えてしまった方がいいのだと思い込んでいた紫音ちゃんは頭を打ってまさにその通りに暗示にかかってしまったんだろう。
目覚めた時に全てを忘れ、俺だけに甘える従順な『紫音』を作り出した。


本当に、なんて健気で、純粋な子なんだろう。


俺の為なら、全てを捨ててもいいと思うほどに想われている事に胸が熱くなった。



「秋田先輩のバカ!」
「いてえ!ごめんって梨音ちゃん!」

クッション、目覚まし時計、スリッパ、ペットボトルのお茶、傍にある手に取るもの全てを投げつけながら俺に『ばか』と繰り返す梨音ちゃんは投げるものがなくなってハアハアと肩で息をしながらその大きな目からぼろぼろと大粒の涙をこぼした。俺の後ろにいる紫音ちゃんも、どうしていいのかわからずおろおろとしている。

記憶を取り戻したことを伝えて、次の日に克也と共に病室にやってきた梨音ちゃん。どうやら紫音ちゃんの記憶喪失に至る原因を二見さんに聞いていたらしい。

病室に入るなり、梨音ちゃんの名を呼んで優しく微笑んだ紫音ちゃんを見てわあわあ泣き出して俺に対する怒りを爆発させた。

「先輩のせいでしーちゃんが僕のこと忘れちゃったなんて許せない!」

ポカポカと小さな手で泣きながら俺を叩いてくる梨音ちゃんに返す言葉もない。大事な弟に忘れられたことは、梨音ちゃんにとって身を裂かれるほどの思いだっただろう。俺だって、そうだったから。原因が自分であることを痛いほど理解している俺が大人しく梨音ちゃんからの制裁を受けていると、紫音ちゃんが振り上げた梨音ちゃんの手を取った。

「しーちゃ…」
「ごめんね、りーちゃん。先輩は、悪くないの。俺、俺が勝手に、皆を忘れちゃったから…。りーちゃん、ごめんね。ほんとにごめんね。大事なお兄ちゃんのりーちゃんを忘れちゃってごめんね。もう、忘れないよ。」
「ひ…っく、う、えええ…!しーちゃ、の、ばかぁ…!」

ばか、ばかと繰り返しながらぎゅうぎゅう紫音ちゃんに抱きつく梨音ちゃんに、紫音ちゃんも同じように抱きしめ返す。蹲って頭をさすっていた俺に、克也が手を伸ばしてきたのでその手を借りて立ち上がると克也が俺の背中をポンとたたいた。

「てめえは幸せもんだな」
「…うん、そだね。そう思うよ。」

こんなにも俺の事を大事に、一途に想ってくれる人ができるだなんて夢にも思わなかった。


ようやく泣き止んだ梨音ちゃんは、克也になだめられて自販機に飲み物を買いに行った。二人きりになった病室で、ベッドに腰掛ける紫音ちゃんの傍によると紫音ちゃんが俺の服をくいくいと引っ張った。

「先輩、先輩。」
「うん?」

返事をすると同時に、紫音ちゃんが俺の頬に軽く口づける。突然の出来事に唖然と口を開けていると、紫音ちゃんは俺の頭をよしよしと撫でた。

「あのね、先輩。俺も、同じだよ。先輩との昔の事があったから、今こうして先輩と恋人同士になれたんだもん。俺も、昔の先輩が嫌だなんて思わないよ。出会ってから今までが、全部全部俺の宝物なの。…そりゃね、ちょっとは、思いだして悲しくなっちゃうときもあるけど、でも、へいき。だって、先輩が大好きだから。全部全部ひっくるめて、今の晴海先輩がいるんだもん。」

にこりと微笑んで告げられる言葉は、俺の罪悪感や後悔を全てのみ込んで消してしまうのは十分で。気が付けば俺は、両手で顔を覆って涙を流していた。

「ふふ、泣き虫さんな先輩、初めて見たあ。そんな先輩も、大好きだよ。」
「俺も。俺も、大好きだよ、紫音ちゃん。」

優しく抱きしめてくれる紫音ちゃんの肩に、顔を埋めるとくすくすと笑う。
もうすぐ紫音ちゃんは退院する。そしたらまた二人で、あのいつも隠れて会っていた中庭へ行こう。

君との、全ての始まりのあの場所へ。


俺を包む温もりが、これからも俺の全てを包んでくれますように。
俺も、同じように君の全てを包めますように。


end









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