「名前、ティファ、全部話すぞ」
私は頷いた。ミッドガルを出て荒野を抜けた私達が辿り着いたのはカーム。ミッドガルを出て、これから先どうするか。という話し合いを進めるより前に、セフィロスについて共有しておくべきだと全員の意見が一致し、クラウドの話を聞くことになった。けれど、クラウドが話を進めるにつれ、私の記憶との食い違いが目立つようになっていく。皆が真剣に話に耳を傾けるなか、私は目線だけをティファに向けると、ティファも私と同じように目線だけを私にやっていた。きっと、思っていることは同じだ。
ニブルヘイム魔晄炉の調査に神羅が来たあの日…クラウドが来たという記憶が、ない。
けれどクラウドが嘘をつく理由はないはずだ。それに私とティファがいる。嘘をついたってすぐバレることくらい分かっているはず。いや、そもそも彼はそんな嘘をつく人間じゃない。でも、登場人物として出てくるクラウドの言動が昔のクラウドとも今のクラウドとも一致しない。頭の中で思考を巡らせている間も、私にとって架空の過去の物語は進んでいく。まだ理解が追いついていないままの小説のページを自分ではない誰かに捲られているような感覚だった。
クラウドの話はこうだった。5年前、16歳。ソルジャークラス1stだった彼。ソルジャーにあまり出番がなく気の乗らない任務が多かった、と。その中で行われた世界初の魔晄炉であるニブルヘイム魔晄炉の調査。その頃、魔晄炉の様子がおかしいと大人達が騒ぎ出したのは私もよく覚えている。見たことのないモンスターが目撃されるようになり、独自で自警団を作ったが手に負えず神羅に事態の収拾を依頼した…。かつて英雄と呼ばれたセフィロスとの任務。英雄の強さは別格だったらしい。クラウドに故郷や両親について問われたセフィロスは、母の名前はジェノバだと語ったと。クラウドが口を閉じる前にバレットが口を開いた。
「ジェノバって、神羅ビルのあれか?」
「ああ、でも後で話す。あの時は気付かなかったけど、今になって思えば、村に着いた時から、セフィロスの様子は変だったかもしれない。ニブルヘイムを宿から眺めて、この風景を知っているかもしれない…そう言っていた」
翌朝、ティファのガイドで出発した一行。彼女がガイドをしたという記憶は私と一致している。モンスターが出ると聞いていたから、いくらザンガンさんから武術を教えてもらっているといっても危険じゃないかとハラハラしたのを覚えている。
「ねぇねぇ、名前との話は?」
エアリスが両手を握りしめ、興味津々!とばかりに前のめりになりクラウドに問いかけた。この日クラウドと話した記憶がない私は、今回の話は私はあまり登場しないよ、とクラウドの代わりにエアリスに伝えようとエアリスの方へ向き、口を開こうとした時だった。
「あぁ。名前は村役場で働いていた。セフィロスに代わりにまとめて挨拶をしておいてくれと言われたから行ったんだが、そこで少し話した」
驚きすぎると声も出ないらしい。というのも私が父と母と一緒に村役場で働き始めたのはクラウドがこの村を出て行った後のことだったからだ。そのことを話す機会すらなく再会したのだから知っているはずがない。ティファからその事実を聞いたような言い方でもない。そこで、その場所で私を見たかのように話すクラウド。まさか役場で働いているとは思わなかったから驚いた。仕事中だからと俺に対して敬語で話す私が私らしくて、おかしかった、そんな話まで交えながら。
「名前、お仕事、できそう!キャリアウーマンだね!」
「あ、ありがとう。でも恥ずかしいし、話戻そっか」
「あぁ。悪い」
あの日は特に変わったこともなく仕事を終えたはずだ。確かにソルジャーが挨拶に来た。でもそれはクラウドではない人だった。これ以上聞いていられないと思った私は、話を無理矢理元に戻させた。…ニブル山の中腹にある、魔晄炉。その中には宝条によって人工マテリアの生成装置に魔晄と動物が一緒に凝縮されたものが多数置かれていたと。それによって生み出されたものが…新種のモンスター。そして、動物だけではなく人間までも。あの気持ちの悪い笑顔を思い出し、吐き気がした。その部屋の開かずの扉の上にはジェノバという大きなネームプレートのようなものもあったそうだ。セフィロスの母の名。自分がモンスターと同じように作られたのかもしれない。人間ではないのかもしれない。そんなことを思い気が狂いそうになったのだろう。
「そして俺達は村へ戻った。でも、セフィロスは部屋にこもってしまった。…夜のうちに宿から姿を消した」
そこからの話は私にもうっすらと記憶がある。セフィロスが神羅屋敷に行った。声をかけたのに無視をされた。無礼だ。と村長のゾンダーさんが苛立ちを露わにしながら愚痴をこぼしていた。神羅屋敷というのは村にあるとても古い屋敷だった。神羅カンパニーがまだ小さかった頃の研究施設。何となく気味が悪く仕事で行くことは何度もあったが、いつまでたっても好きになれなかった。その屋敷の地下でセフィロスは本の虫となりジェノバに関する古い資料を読み漁っていたと。その頃、村役場の末端職員だった私。そういえば、あの期間は神羅屋敷に行かないと進められない仕事の見通しがたたず先延ばしになっていたことを思い出す。セフィロスは一週間もあそこにいたんだ。クラウドは言う。セフィロスは気付いた。古代種の再生が目的であるジェノバ・プロジェクトが始まり、そして自分が創り出された…ガスト博士という天才科学者によって。…母に会いに行く。そう一言つぶやいたあいつは制止する俺を突き飛ばした、と。
「あの時、俺が早く意識を取り戻していれば、もしそうだったら、村を守れたかもしれない。いや、どうかな」
…あの日の炎の色は一生忘れることはないだろう。料理をする時に使う火や、私たちがマテリアを使って起こす火とはまた違う色だった。突然の爆発するような音に驚いた私は、すぐに部屋を飛び出した。村が燃えていた。この一瞬で起こったとは思えないほど大きな炎に包まれている光景に目を疑った。こんなことができるのは普通の人じゃない。一体誰が。辺りを見渡すと目に入った、銀色。覗く瞳と目が合った。ぞわり、と鳥肌が立つ。村の皆の悲鳴が一瞬聞こえなくなったような気がした。セフィロスから炎がまた放たれ、私へと向かってくる。逃げられない。そう悟った私は目をつぶるしかなかった。しかし焼けるような熱さを感じることはなく、その代わりに背中がいやに熱い。振り向くと、私の家が赤に包まれていた。あの時、どれだけの炎をセフィロスは放ったんだろうか。私たち家族の家は一瞬で炎に包まれた。まだ中にはお母さんとお父さんがいる。私は無謀にも二人を助けるためと家の扉を開けようとした。が、叶わなかった。扉を開けようとしている私の腕を誰かが掴んでいたからだ。離して、中に両親がいるの。私の腕を掴んでいるであろう誰か。顔を見る余裕がなかったが、神羅兵が着ていた制服が視界に入った。きっとセフィロスと一緒に来た神羅兵だろう。私を殺すつもりなのかもしれない。そう思ったけれど、その時はそんなこと、どうでもよかった。早く助けないと。でも腕を掴まれていて動けない。普段事務仕事しかしていない女の力だ。ソルジャーではないといえ男の力に勝てるわけがない。それでもめげずに抗っていたけれど、私の家は、炎と一緒に沈んだ。一瞬の出来事だったと思う。けれど、いやにゆっくりと。私の目の前で家は燃え崩れた。叫ぶわけでもなく、ただ涙だけがとめどなく溢れた。神羅兵は、まだ私の背後にいた。このまま銃で撃たれて、私は死ぬんだろうか。そう思っても私の足は動かず、体が鉛のようだった。すると神羅兵は私を無理矢理立ち上がらせ、肩を抱き、火が比較的まわっていない場所へと誘導し、そのままどこかへ行ってしまった。助けられたんだ。なぜ、あの神羅兵はそんなことをしたんだろう。今となっては、聞けないけれど。その後、役場の人たちとなんとか合流し村の人達を避難誘導しながら、何とか生き延びた。私を助けたのは、私が今憎む神羅の兵士だったんだ。
「…っ」
忘れてはいけないこと。でも、思い出したいことでは、ない。当時を思い出し、一瞬、息が吸えなくなる。私の異変を感じ取ったクラウドは心配そうな視線を私へやる。大丈夫、と言葉にはせず右の手のひらを彼へ向け少し口角を上げてみせる。気にしなくていいから、続けて。そんな気持ちを込めて。私だけが辛いんじゃない。ティファも、クラウドも思い出したくないのに話しているんだ。聞いているんだ。クラウドは一瞬悩むような表情を見せ、また話を続けた。その後、セフィロスはあの長い剣で村人を刺し、魔晄炉の方へと消えた。クラウドはセフィロスを追った。ティファのお父さんはセフィロスと話をしようと追いかけて命を落とした。父の仇を討とうとするティファをも斬り付ける、かつての英雄。開かずの扉の奥へと足を進め、命を宿しているとは思えない、見るからに機械体であるジェノバに迎えに来たと語りかける。一緒にこの星を取り戻そうよ、約束の地へ行こう。とも。そして力任せに機械であるジェノバを繋ぐコードごと引きちぎった。後ろから表れたのは、本物であろうジェノバの姿。まるで生きているように見えたとクラウドは言った。…村を、母を、そしてティファを傷つけられたクラウドは激しい怒りを背にセフィロスと対峙した、そうだ。クラウドの記憶はここまで。後は覚えていないという。私も、あの悲劇の前後は記憶が曖昧な部分がある。無理もない。ただ、記憶がないとはいえ、これが事実なんだろうか。
「英雄セフィロス、訓練中に行方不明。そんなニュース、お母さんと見たよ。そして何日か後に『実は戦死だった』って発表されたよね」
「ニュースを作っているのは神羅だ!奴らやりたい放題だからな!信じる方がどうかしてる!」
バレットの言葉にエアリスは、はいはーいと手を上げ、私、信じてましたけど。と声を上げる。バレットは返答に困り、とにかく神羅が全部悪いってこった。とバツが悪そうに椅子へと腰かけた。途切れることなくクラウドが言う。
「5年前の真実はともかく俺達はミッドガルでセフィロスと戦ってきた。あいつは、生きている」
生きているっていうか、いる?というエアリスの的を得た言葉に心の中で同意した。そう、だってセフィロスは死んだはず。死んだ人間は決して生き返ることはない。大事な両親を失って改めて私が痛感したことでもある。でも、何で今になって。5年間何をしていたのかな。ティファがそう言うと、クラウドは顔をしかめた。苦しそうな表情、また、だ。ミッドガルにいる時から見られる症状。
「私、あまり覚えていない部分が多くて、役に立てなくてごめんね」
「そんなことないよ。あの時は皆必死だった。名前が謝ることじゃないよ」
「セフィロスはあの日の続きを始めたんだ。ジェノバと共に、この星を取り戻して支配者になるとかいう計画の続きを」
理解しがたい話だ。皆きっとそう。理由も分からない。結論が出ない話に、沈黙が少し流れる。誰も声を発しないのに耳鳴りのようなキィンという音が耳の奥で響く。どうしたら終わるのだろう。この戦いは。何か言わなきゃいけないかなと思ってると、エアリスが伸びをして言った。
「ごめん!荒野?慣れてなくて疲れちゃった。背中、ガチガチ」
暗い雰囲気に光が指した気がした。私はエアリスのこういうところが本当に好き。嫌味なく雰囲気を変えてくれるんだ。その痛み、何とかできるかもというティファの提案で一旦この場はお開きとなった。おやすみなさい。と声をかけ部屋の扉を閉めた。
**********
ベッドに入っても、なかなか寝付けなかった。どうしても今日の話が心の中で引っかかっていた。クラウドを信じきれないことも嫌だった。飲み込むことも吐き出すこともできず、くすぶる。二人なら聞いてくれるだろうと私はいつもよりボリュームを下げて声をかけた。
「ティファ、エアリス…起きてる?」
私の呼びかけに二人は、うん。と返してくれた。私も二人も、今向いた方向のままで、なんとなく皆が向かい合わずに、そのまま、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
「確かに神羅の人達は、あの日ニブルヘイムに来た。でもね…私の記憶では、そこにクラウドはいなかった。間違うはずないと思う。ティファ、覚えてるかな?」
「うん。私も一緒。クラウドは来なかったと思う」
「だよ、ね」
ティファの記憶と自分の記憶が一致したことに安堵を覚える。やっぱり、そうだったんだ。じゃあ、あのクラウドの記憶は?
「名前、クラウドが5年間どこで何をしてたのか、聞いた?」
ううん。と私は寝ころんだ体制のまま、気持ち首を横に振った。私はまだ、クラウドのことを全然知らないんだと改めて痛感する。恋人、という関係であるとはいえ、再会してから、あまりに沢山のことが起きた。過去を振り返る暇もなく、ただ足を地にしっかりつけ、今を…そして未来のことを考えるしかできなかった。振り返る余裕がなかった。
「クラウドの昔のこと、ね。私、知ってたんだと思う。でも、取られちゃった。…消されちゃった?」
「フィーラーに?」
「たぶん」
「私達もとられたのかな、記憶」
何が起こっても、おかしくはない。もう、私たちは、そう思うように…思えるようになっていた。きっと、私たちもクラウドも記憶をとられたんだ。そう思うしかなかった。
**********
複雑な感情。様々な感情に色んな方向から押しつぶされそうだった。戸惑い、不安…。言葉では言い表せないような。目を閉じても一向に眠れそうにない。二人の穏やかな寝息だけが聞こえる部屋。いてもたってもいられなくなった私は、そろりとベッドから抜け出した。二人を起こさないように、ゆっくりゆっくりと床を軋ませないように。部屋を出て、クラウド達の部屋の前に立ち、控えめにドアをノックする。きっとバレットは疲れ切って爆睡だろうし、レッドも神羅ビルで囚われていた身。おそらく久しぶりの心休まる時間。深い眠りについているだろう。でも、きっとクラウドは起きてくれる。そんな少し願いも込めて。ノックして数秒、ゆっくりと扉が開く。暗闇の中、金色とエメラルドグリーンが光を放っていた。
「名前、どうしたんだ?眠れないのか?」
「うん。起こしてごめん。ちょっと話したい。いい?」
もちろん。言ってくれたクラウドと一緒に屋上へと向かった。一階にも話すスペースはあったけれど、人がいたので避けることにした。カームの街がよく見えるこの場所。建物から灯る明かりはまばらで、強い光を持っていなかったからか、星空がよく見えた。
「今日の話は絶対に必要だったってこと分かってるうえで、言うね。色々と思い出して、あの時のこと…ここ最近色々あったし、考えてたら眠れなくなっちゃって」
「…辛そうな表情をしていたのは分かっていた。悪かった」
「謝るのは違うから、ごめんって言わないで。こんな大変で皆が道に迷ってる時にさ…いけないって分かってるんだけど、顔見て、二人で話したくなっちゃっただけ」
そう言いながら私の顔は自然と足元へいった。長めの髪が重力に負けて下へ落ちる。と、クラウドの手が視界に入り、私の髪の毛を優しく撫で、そのまま片頬に、そっと手のひらを添えた。きっと分厚いグローブ越しに、じんわりと体温が伝わるような気がする。
「あの後、名前が無事で、再会できて本当によかった」
優しすぎる声色に、ゆっくりと顔を上げる。安心しているような、それでいてどこか不安を感じているような表情に胸が痛んだ。こんな顔をさせたかった訳じゃ、ないのに。でも、私はこうやって助かったんだよ。生き延びたんだよ…そう伝えたくなった私は神羅兵に助けられた、あの日の話をした。傲慢だけれど、私の過去を知ってほしくなった。
「私もクラウドと一緒でさ、記憶がない部分もあるんだけど、でもこうやって生きてる。で、クラウドと、きっと…同じ気持ちで向かい合うことができてるの、本当に幸せだよ」
「きっとじゃない。同じ気持ちだ。あと…神羅に久しぶりに感謝したかもしれないな」
「そうだよ。あの人は命の恩人。あの時としばらくは…私を止めたことを恨んだりしたことも、あったけど」
クラウドの過去のこと、今までのこと…聞きたいと思った。けれど、無理に聞いてしまったら?あの症状を悪化させる要因になってしまうとしたら?記憶をとられているのなら、無理させず一旦様子を見た方がいいんじゃないか、答えは出なかった。だから、聞かないでいようと思った。まだ、触れないでいようと思った。
「でも、俺が助けたかった」
ふいに発された言葉。驚く暇もなく抱き寄せられる体。背中に手を回され、クラウドの胸板で顔が潰れそうになるくらい強い力だった。少し早い彼の心拍音が私の体に響く。
「今度は俺が名前を助ける」
「…いつも助けられてるよ、ありがと」
「…俺もだ」
きっと、彼の独占欲は無意識で、本人は自覚がないんだと思う。でも、そういうところが好きなんだよ。過去に対する不安もやっぱりあるけれど、今だけでもいいから、二人の体温で溶かしていたい。やっぱりね。大事なのは今であり未来だと思うよ。思いたいよ。過去なんて、どうでもよくなるような未来にできるよね、きっと。