ようやく落ち着きを取り戻した私にエアリスが声を掛けてくれた。
クラウドは、あれから私に何も言うことはなかった。
私達は無言でエアリスの家へと歩みを進める。
リーフハウスを右手に道を歩いて行くと、スキンヘッド頭のスーツ姿の男が見えた。
「ごきげんよう」
その男は、ゆっくり振り返り私達に告げる。
・・・神羅の、タークス。
「待ち伏せ?」
エアリスは怪訝そうに男に問いかけた。
「エアリス、これが新しい友達か」
「新しいって・・・人聞きが悪い」
「なるほど、魔晄の目だ。レノをやったのはこいつか?」
「俺だったらどうする」
「事実確認、上長に報告」
そう言いながら男は広場の門を開ける。
「クラウド、行こ」
小さく溜息を吐きながら広場に入ろうとするクラウドをエアリスが引き止めた。
「ルード、悪い人じゃないから」
「その通り。だがエアリス・・・俺達はナメられたら終わりだ」
ルードと呼ばれたその男はそう言いながら黒い革の手袋をきつくはめなおした。
「名前」
クラウドが私の名前を呼んだ。
私は無言のまま、クラウドを見る。
「今回は俺一人でやる。今の状態で戦っても怪我をするだけだ」
「・・・うん」
足出まといって、思われちゃったかな。
でもクラウドの言うことは間違っていない。
こんなモヤモヤしたまま戦ってもミスをするだけだ。
「悪く思うな」
そう告げたルードが動き出し、クラウドに蹴りを一発お見舞いしたがクラウドは大剣でガードしてはじき返した。
「思った通りだな。タークスなんて見かけ倒しだ」
「お前もな」
煽り合う二人。
そのまま、ぶつかり合いが始まる。
ルードは巧みに力強い体術を使いこなしているがクラウドも負けてはいない。
お互いに様子を見ながら戦っていたが、クラウドが隙を見て一撃をくらわせると、ルードはその場に膝をついた。
「お願い・・・今日は帰って」
エアリスはルードにそう告げた。
「そうもいかない」
ルードが再び戦いの構えをとったと同時に広場に携帯の着信音が鳴り響いた。
ルードはポケットから携帯を取り出し、電話に出る。
「なんだ・・・?七番街スラムの件で緊急要請?今すぐ?いや・・・あぁ・・・分かった」
「事情が・・・変わった?」
「そんなところだ」
エアリスの言葉をルードが肯定する。
すると神羅のヘリがルードの上空で飛び、梯子が降りてくる。
ルードは梯子に掴まり、エアリスを見る。
「しばらく家にいてくれ」
「それ、苦手なの」
エアリスの言葉にルードは戸惑いながらもヘリと共に去って行った。
「じゃあ、今度こそ帰ろっか」
エアリスの言葉に私達は広場を後にした。
「ただいま」
「遅かったじゃないか、一体何してたんだい」
エルミナさんは怒った様子でエアリスに近づいた。
「ごめんね、いろいろ回ってきたから」
「夕食の準備ができてるよ」
「あ、運ぶね」
「だったら客間の準備を頼むよ」
「はーい。名前とクラウドはくつろいでて」
エアリスは私とクラウドを残して二階へと上がって行った。
「あんた、その目・・・ソルジャーなんだろ?」
エルミナさんがクラウドに向きをかけて話し始めた。
「元ソルジャーだ」
「悪いけど・・・・何も聞かずに今夜のうちに出て行ってくれないかい?名前ちゃんには申し訳ないけど二人一緒なら問題ないだろ?あんたのようなソルジャーは普通の暮らしと引き換えに力を手に入れたんだろ?欲張っちゃいけないよ」
「おまたせ〜」
エアリスとソルジャーの間に、昔何かあったかんだろうか。
エルミナさんの強い口調に、もう関わってほしくないという強い意志を感じた。
クラウドは何かをエルミナさんに言おうとしたけど、エアリスが戻ってきたからか何も言わずに口をつぐんだ。
「ご苦労さん。お腹空いただろ」
「ペコペコ〜!ね?あ、クラウドと名前は同じ部屋だから」
「え」
「え!?」
エアリスのとんでもない一言にクラウドと私が驚きの声を上げた。
「だって客間は一つしかないんだもん。積もる話もあるだろうし、ね?」
「え・・・えぇ・・・」
泊まらせてもらえるのに文句は言えない・・・と考えながら、アタフタしているとエアリスがクラウドの肩をポンと叩いた後に何かを耳打ちして夕食の準備を始めてしまった。
・・・ただでさえ、ありえない状況なのに、さっきのこともあって気まずすぎる。
エルミナさんが色々と準備してくれた夕食もあまり味がしなかった。
「じゃあ、おやすみなさ〜い!二人ともごゆっくり〜!」
そう言い残しエアリスはパタンと自分の部屋の扉を閉めた。
客間の扉の前に取り残される私とクラウド。
「・・・取り敢えず入るか」
「・・・うん」
そう言ってクラウドが扉を開けてくれて中へと入る。
部屋にあるベッドは一つ。
「俺は、その辺で座って出発するまで少し寝るから名前はベッドで寝てくれ」
「え、でもそんなの・・・」
「逆の方が意味分からないだろ」
「ま・・・まぁそうだけど」
私がそう返すとクラウドはその場に座った。
仕方なく私はベッドに腰掛ける。
じゃあ寝ます、と言って寝転ぶ訳にもいかなかったので腰掛けたまま何か話を振った方がいいのかと思い考えるが、何も出てこない。
・・・気まずい。
「俺達は・・・喧嘩してるのか?」
突然喋り出したクラウドにビクッと肩が上がる。
「え・・・け、喧嘩?」
「エアリスにさっき、仲直りしないと駄目だと言われた」
「喧嘩って訳じゃ、ないけど・・・」
私は何て言ったらいいか分からなくて下を向きながら両手を組んだ。
どちらかと言うとクラウドに当たってしまったのは私だし、謝るとしたら私の方。
「さっきは、あんな言い方しちゃってごめんね、クラウド」
「いや、俺も名前のいる前であんな話して悪かった」
「クラウドが謝ることじゃないよ、別に悪気があって言ったんじゃないのは分かるもん。エアリスが何か知ってるのか聞きたかっただけだよね」
「・・・それはそうだが、名前がいる所でする話じゃなかったって今は思ってる、だから・・・悪い」
「気を使ってくれてありがと、でもね、結局は私も知らないといけない・・・いや知りたいってなると思うんだよね」
クラウドのことをなんとなく見れずに視線を下に落としたまま、私は話続ける。
「名前はやっぱり憎いか・・・あいつのことが」
「憎いに決まってる・・・!最近は忘れてたけどクラウドと再会して、神羅とより深く関わるようになってでもあいつはもういないから神羅っていう存在に対して嫌悪感を抱いてたけど・・・生きてたら私の憎しみがまた一人に集中しちゃうの今まで分散してた感情が一人に集中するともう自分がどうなってしまうのか怖くて」
溢れだした感情は息する間もなく口から出てくる。
セフィロスが何をしたか、私は知っている。
行き場のなかった怒りが、行き場を持ってしまう。
すると腰掛けているベッドに一人分の重さが増した。
ハッと顔を上げるとクラウドが私の横に座っている。
どうしたの、と声を掛けようとすると、クラウドが私の片方の手を両手で握り締めた。
「ク、クラウド・・・?」
「・・・エアリスがこうして名前を落ち着かせてたから・・・俺も名前が落ち着くまでこうしてる」
落ち着くどころか、心拍数の感覚が一気に狭くなる感覚が分かった。
クラウドは私の手を見つめながら強く、でも優しく手を握り締めてくれる。
抑え込んでいた思いが飽和する。
好きになっちゃいけない、だって、クラウドにはティファ、なんだから。
過去の私の気持ちが言葉になり頭の中でぐるぐる回る。
でも、私の手を握るクラウドの姿を見て、愛しい、とそう思わないはずなかった。
クラウドに深い意味はない、私を落ち着かせようとしているだけ、エアリスがそうしていたから。
「俺の、せいか」
クラウドは顔を上げず呟き、そのまま言葉を続けた。
「俺と再会しなければ、こんな気持ちにもならずに平和に暮らしていけたのか」
クラウドの言葉に私は衝動的に顔を上げ悲鳴を上げるように訴える。
「違う!きっといつかはこの気持ちともう一度向きあわないといけなかったんだよ・・・私はずっと目を背けてた。だからクラウドにはお礼を言いたい・・・ぐらい・・・」
気付くと私の目からは涙が溢れていた。
クラウドの前では大人ぶって、からかって、上手く逃げていたつもりだったのに、クラウドにそんな気持ちを抱かせてしまった。
そんな自分が許せなくて、そして愛しいと思ってしまった自分の意志の弱さが情けなくて、止まらない。
泣いてもクラウドが困るだけだと分かっていても、止まらない。
「なっ・・・泣かないでくれ・・・俺は、どうしたらいい」
少し慌てる姿も愛おしい。
一度思ってしまうともう駄目だった。
愛おしい・・・好き、だって。
その感情に頭を支配されそうになる。
気持ちを抑え込もうとしていた努力を好きという気持ちに流されてしまったんだ。
「どうしたらいいか・・・か」
私は少し視線を下に落としながら呟いた。
そして、クラウドの首辺りを見ながら自分でも驚くぐらい恥ずかしげもなく言う。
「じゃあ、抱き締めて」
私の言葉にクラウドは怯えながらも壊れ物を扱うように、そっと私の体に両腕を回す。
今だけは、泣いて慌ててるクラウドの弱みにつけこんで甘えることを許してください。
言い訳がないと、こんなこと言えないの。
「・・・これでいい、か」
クラウドは何も言わない私に恐る恐る尋ねる。
「うん、落ち着く・・・」
私がそう言うとクラウドは安心したのか少し息を吐いて抱き締める力を強くした。
誰も見てないから、今だけクラウドを一人占めさせてください。
ごめんなさい、ティファ。
ごめんなさい、クラウド。
私、貴方のことが好き。
クラウドに私と同じ気持ちになってほしいなんて我儘言わない。
誰にも迷惑かけないから、好きでいさせてください。
心の中で祈るように呟きながら、クラウドの胸の中でしばらく泣いた。