3、



 おは朝占いが終わった後、緑間は未だ齧りつくようにじっとテレビの画面を見つめていた。最近話題の映画のコマーシャルが流れている。ありがちな恋愛映画のように思うのだが、緑間がそうして興味を示すのは珍しい。
「真ちゃん、その映画見たいの?」
 問うが、緑間は頭を振る。しかし、それでも尚テレビから視線を逸らさない緑間は、やはり映画を見たそうにしている風にしか見えなかった。あまり素直にものを言わない性格だから、否定をしているのだろうと汲み取る。恋愛物の映画を見るなんて、少し意外だったが。
「ねえ真ちゃん、今度出掛けようよ」
 かくして、緑間とのデートが決まった。


 入場券をスタッフに渡し、厚い扉を潜り抜け、スクリーンから一番遠い席に座る。いつも映画館に来る時は、後方の席に座っていた。緑間が券を買う時に文句を言わなかったあたり、彼も普段そうしているのだろうか。
 話題の映画と宣伝されているだけあって、てっきり多くの客が詰め掛けているのかと思ったが、劇場内は閑散としている。ぱっと見ただけでも、片手で数えられるほどの人数だった。平日ということも起因しているだろう。しかしこれでは、集客のため、大げさな宣伝でもしないといけないだろうと容易に想像できる。だからあんなに頻繁にコマーシャルが流れていたのだろうか。それこそ宣伝費が掛かるだろうに。
 やけに冷めた頭で考えながらも、暗くなり始めた劇場内に従うよう、背凭れに背中を預けた。
 映画の内容は至ってシンプルで、幼馴染の主人公とその彼女が些細なことをきっかけに恋心を自覚し付き合い始め、最終的には彼女が交通事故で死んでしまうという、いかにも女性が好みそうな物だった。途中から、先が読めてしまって退屈し始めた時に何度か緑間を見たが、瞳に薄く雫を溜めているのを見て、心臓が飛び跳ねるかと錯覚した。以外に涙脆いのだなと、普段の表情からは想像できない様な緑間の一面に酷く驚き、それからは映画どころではなくなってしまったのだが、緑間さえ満足ならそれでも良いことにする。
 涙を溜めた緑間を見た時、彼を抱き締めたい衝動に駆られた。ただの映画に感動しているだけだというのにそうしたくなったのは、緑間の涙を溜めた顔を、どこかで見たことがあるからだ。とても大事な記憶の様な気がするというのに、それが全く思い出せない。脳裏には、鮮明に緑間の涙を溜めた目元が残っているというのに。



 映画館の帰り、緑間は急に「後架へ行きたいのだよ」と言いだした。突然だった上に、後架と言われても分からず「こうか?」と尋ねると、次は「雪隠に行かせてくれ」と言う。近場の公園を見詰めた緑間の視線を追うと、先にはトイレがある。合点がいき、ああ、と漏らす。トイレだとか便所だとか、普通の言い方があるだろうに。しかしそんな言葉が、緑間から発せられるとはあまり考えられない。
 ともかく、緑間の頼みに頷いて「いってらっしゃい」と送り出した。公園の中へと消えていく。
 緑間が見えなくなったのを確認して、自分も公園の中へと足を踏み入れた。殆ど手入れをされていないのがよくわかる、草だらけの地面が鬱陶しい。何度も前に出した足で草を蹴り飛ばしながら、漸くベンチの前まで着き、そこに座った。一気に疲労感が体を襲い、深い溜息を吐く。
 久々の外出だった。最近は学業が忙しく、休日も家で寝るか食べるかをしてばかりで、こんな風に過ごしたことは、ここ数カ月無い。腕を高く上げて背中を伸ばすと、じんわりとした心地良さが広がった。ついでと言わんばかりに欠伸も漏れ、大口を開けて情けない声を出す。視界がぼやけて少し擦ると、徐々に明確になる視界の中に、目の覚めるような金色を捉えた。それもどうやらこちらに気付いたようで、一目散に駆け寄ってくる。
 記憶に違いが無ければ、彼は黄瀬涼太だ。高校卒業後はモデル業に専念しているらしいと聞いている。
「見覚えのある顔だと思ったら、高尾っちじゃないっスか」
 間延びした声で言いながら、黄瀬が駆け寄って来た。あの独特な呼び名は彼にとって特別なものらしいという記憶があるのだが、自分がそう呼ばれる理由が分からない。分からないながらも、それを指摘するまでの気力が無く、ただ「久しぶりじゃん」と返した。
「こんなところでどうしたんスか?」
 空いていたスペースに黄瀬が腰掛け、隣り合う。顔を覗き込んでくる黄瀬の笑顔が眩しく、流石モデルだなと、しみじみ感じた。
「映画の帰りで」
 気さくに話し掛けてくれるからなのだろうか、あまり接点の無い間柄だったというのに気兼ねなく会話が進む。疲れた自分からは殆ど言葉を発することはなかったが、尽きない黄瀬の話に、息苦しさは全く感じない。つくづく、彼の人気は外見からのものだけではないのだろう、と思えた。
 一瞬会話が途絶え、黄瀬が少し狼狽える。会話が続かないと安心しないタイプなのだろうか。えーっと、と繰り返す彼に、ここで別れるという選択肢はなかったのだろうかと苦笑する。
「さっき、映画見たって言ってたっスね。誰かと一緒に見たんスか?」
 聞かれ、そういえば緑間の帰りが遅いことに気付く。ひょっとすると、ここではなく緑間を見送った場所にいるものだと思われていたのかもしれない。それならもう帰ってしまっただろうか。
「うん、真ちゃんと一緒。さっきトイレに行ったんだけど、帰っちゃったのかな」
「真ちゃんって……緑間っち?」
 途端に、黄瀬が目を見開いて、眉尻を下げて、不安そうに見詰めてきた。黄瀬が口を開く。頭の中で警鐘が鳴り始めた。視界が回る。動悸が激しい。息が詰まる。言うな、言うな、言うな。
「緑間っちはもういないじゃないっスか」




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