※死ネタ、若干の暴力、年齢操作を含みます。ご注意ください。












 まだ夜じゃないのに、寝ちゃだめだよ。真ちゃん。








1、



 緑間真太郎は、類稀な才能の持ち主だった。
 コート全面をシュートレンジとする技術はその一つに違いないだろうが、それより、彼は日夜練習を怠ったことがない。緑間風に言えば「人事を尽くしている」のだろうが、それこそが才能だった。
 緑間の努力は、彼が息をするのと同じように行われる。左手の指のテーピング。爪の細かな手入れ。部活後のシュート練習。はじめこそ、誰もが緑間を、我儘で自己中心的だと思った。今だってその認識は変わらない。が、彼を赦し、尊び、慕っているのだって、皆同じことだ。
 努力が、彼と他の間に生まれた軋轢を、柔和なものへと変えた。コートの中での孤独を消していた。
 日を重ねるごとに、緑間の周りには、人が増えてゆく。一人、また一人、と。初めて緑間に駆け寄ったのは、他ならぬ自分であったというのに。
 これは嫉妬だ。と、気付くのに、時間はかからなかった。酷く醜い嫉妬だ。
 本来なら、普段一人きりだった緑間を支える人間が増えたという事を、喜ばしく思うべきなのに。
 以降、緑間にこんな痴態を曝すのが情けなくて、彼といることを、避けた。
 それから秀徳で過ごした、一年のウインターカップ後、二年間と少しの間は、緑間のいない生活だったかもしれない。まるで緑間だけが切り取られたように、二年生以降の彼の姿は思い出せなくて、だから、緑間がいたかどうかすら、知らなかった。
 今から数年前、まだ緑間と親しかった一年生の時。彼が医師を目指していて、医大に進むのだと聞いたことがある。それだけの理由で、自分も同じく医療系……看護科のある大学へ進んだ。そして今に至っている。
 酷く単純な思考だった。彼と同じ道を選んだら、また彼に会えると思った。殻に閉じ籠っている、独りぼっちの緑間に、会えると思ったのだ。
 その願いが叶ったのは、高校卒業後、二年目のことである。
 大学からの帰り、借りているアパートの前に、見覚えのある顔が立っていたのだ。
「真ちゃん?」
 心当たりのある名前を呼ぶ。緑色が、クリーム色のアパートの壁に強く浮かんでいた。
 徐々に近づき、向かい合う。確かに彼だった。長い下睫毛も、白い肌も、深緑色の髪も、何もかもが過去と同じだ。身長差が少なくなったのは、恐らくこちらの身長が伸びただけの話だ。本当に高校時代から、全く変わっていないらしい。
……ただ一つ変わったのは、彼の誠実さのようだった。
「匿ってくれないか」



 聞くところによると、緑間は、大学でも例の我儘ぶりを発揮し、教授の逆鱗に触れ、退学まで追い詰められたのだという。本来辞めるつもりはなかったらしいのだが、大学で唯一良くしてくれる人物にまでも土下座をされてしまえば、辞める以外に無くなってしまった、と緑間は言った。かといって、就職先がすぐに見つかる訳もなく、寮生活だったため、あまりの不甲斐なさから自宅にも帰れず、行き場を失っていたところに、このアパートを見つけたらしい。「高尾、と札が掛かっていたから、間違いないと思ったのだよ」なんて、証拠も無しに自信満々に言うものだから、相変わらずだ。
 しかし、いくら緑間が人より変わっているからと言って、根拠も無しにアパートの前で誰かを待っていられるような人間ではない。
「もしかして真ちゃん、俺のこと、探して歩き回ってたの?」
 みるみる赤く染まる緑間を見て、図星だ、と分かり、頬が緩む。きっと近所の住人に、このアパートに住んでいる高尾がどんな人物なのか、聞いて回ったのだろう。
 「好きに考えろ」と言う緑間は、恥ずかしげに俯いて、長い睫毛を伏せる。それがあまりにも高校時代のそれと変わらなくて、あのままなのだな、と温かくなった。




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