Episode.6




 とは言え高嶺さんは元々頻繁にblue cloverに来ていたわけじゃない。自宅のバラは彼のことを思い出させるが、本人と顔を合わせなければそんなに問題はない。

 そう、思っていたのに。

「リリ、いつなら空いてる?仕事終わりに夕食でもどう?ご馳走するよ」

 相変わらずの整った顔に爽やかな笑顔を浮かべて、高嶺さんはここ三日間毎日のようにblue cloverにやって来ては、私をデートやら夕食に誘ってきた。誘いに来るのは必ず混み合っていない時間帯で、コーヒーをテイクアウトで注文している。

「高嶺さん、毎日そんなこと言ってて飽きないんですか?」

「全然。リリがOKしてくれるまで誘いに来るよ」

「え、やめてください。お店に迷惑がかかります」

「なんで?ちゃんと注文してるから大丈夫だよね、マスター」

「そうだな。迷惑どころかお客様様だな。白井、そのままもう少し断ってていいぞ」

「げっ、マスターは俺の敵だったか」

 そう言って顔を顰めた高嶺さんは、マスターに差し出されたコーヒーを受け取った。
 今日の彼はツナギになった白の作業着を着ている。本当になんの仕事をしているのかさっぱり分からない。

「それで、今夜の夕食どう?一緒に」

「…お断りします」

「えぇ〜、今日もダメか。じゃあまた明日誘いに来るよ」

「何度来たってだめですよ。って、聞いてますか?」

 私を無視してマスターに挨拶していた高嶺さんは、にっこり微笑んで手を振った。

「じゃあね、リリ。仕事頑張って」

 コーヒーを手に颯爽と去って行く後ろ姿を眺め、私は短く息を吐き出す。
 三日間毎日誘いに来てはいるけれど、断るとすんなり引き下がって帰って行く。仕事中の私に気を遣っているのだろうと思うと、なんだか毎回断るのも気が引けてくる。

「なーんで断っちゃうかね、もったいない」

 使用済みのカップやお皿を洗っている私に、マスターは溜め息混じりにそう呟くと、目を細めて攻めるような視線をこちらに向けてきた。ついさっき「もう少し断ってていいぞ」と言っていたのは誰だったのか。

「…変に気を持たせてしまっても、逆に失礼じゃないですか」

「なんだよ、高嶺くんは完全に無しなのか?かなりの優良物件だぞ、俺が保証する」

「優良物件って…、そういえば高嶺さんってお仕事何されてるんですか?いつも来る曜日も時間もばらばらですけど」

「んー、なんだっけ。植物に関係してたような…、まぁ気になるなら自分で聞けよ」

 にやりと口角を上げるマスターに、私はむっと口を噤んだ。
 気になるかと聞かれたら、認めたくはないけれど、きっとそうなのだろうと思う。植物に関係する仕事などと中途半端に聞いてしまったら、尚更なんなのか気になってしまった。花の名前を知っているのも、仕事柄ということなのだろうか。

「そういや、外に吊るしてあるだろ、青い花の…」

「…ブルークローバーですか?」

「そう。あれ、高嶺くんが持ってきたんだよ。この喫茶店と同じ名前だからって。あの時白井は休みだったんだっけか」

 初耳だ。二年くらい前にマスターがお客様に貰ったと言っていたけれど、まさか高嶺さんから頂いたものだったなんて。
 お店の外の壁にハンキングバスケットで吊るされた、緑の葉っぱをわらわらと茂らせた植物を思い浮かべて、そろそろ青い花が咲く季節だということを思い出した。涼しくなり始めてきたこの時期は、日差しの当たる場所に移動させてあげないといけないのだった。

「もしかしてマスターが教えてくれたブルークローバーの栽培方法も…」

「そりゃあ、高嶺くんに教えてもらったに決まってるだろ。蔓が伸びてきたらカットもしてくれてるぞ」

 剪定や間引きもしてくれていたということですか。どうりで二年も綺麗にハンキングバスケットに納まっているわけだ。お店の外にある植物に関してだけは少し調べていた私の細やかな知識で、高嶺さんがしていた事を理解した。
 というか、二年もの間知らずにいたということが、なんだか恥ずかしい。

「じゃあクローバーのお礼ってことで、高嶺くんと食事ぐらい行ってやって」

「え、なんで私がお礼するんですか。マスターがするものでは…」

「俺と高嶺くんが食事に行ってもお礼にならんだろ」

「えぇ〜…」

「白井…、お前いつから恋愛してない?」

 渋っている私にマスターの見透かしたような言葉が飛んでくると、洗い終わって拭いていたコーヒーカップを手に動きを止めた。痛いところを容赦なく突いてくる。

「…ここに来てからは、一度もしてませんけど」

「だよな、白井の浮いた話なんて聞いたことねーし。飯ぐらい気楽な気持ちで行って来いよ。それで嫌ならそれっきりにすればいいだろ」

「いいんですか…、私のせいで常連のお客様が一人減ることになっても」

「一人減ったら一人増やせばいいだろ。まぁ高嶺くんは振られたぐらいで来なくなるようなタイプに見えないけどな」

 そう言って楽観的に笑うマスターを横目に、私は高嶺さんの屈託のない優し気な笑顔を思い出す。

 別に食事に行くことぐらい、嫌な訳ではない。高嶺さんのことも、どちらかと言えば好感を持っている。だからこそ彼を知ることで、自分の気持ちが変わっていくのが怖い。

「…分かりました。次にお誘いがあったら行ってきます」

 マスターの思い通りになってしまうのは癪だけれど、私自身高嶺さんのことを知りたいと思ってしまっている。もう自分の中で言い訳ばかりするのはやめよう。

 向けられた好意に誠意を持って向き合ってみようと、私は心の中で一人決意した。





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