1
じめじめとした湿気が漂う六月中旬。
外はもう何日目かになる雨が降り続いている。
「1-A」と書かれた教室の窓際の席で、机に頬杖を付きながら逢坂 澄(オウサカ スミ)はどんよりとした空を眺めて溜め息を漏らした。
すっかり見慣れた灰色の空が恨めしいのには、理由がある。
「ちょっと澄、聞いてるの?」
窓の外を眺めてぼんやりしている澄の耳に、不満気な声が届いた。
ハッとして前を向けば、椅子に座って躰を横に向けたままこちらを見る遠山 華恋(トオヤマ カレン)の姿が。
昼食を食べ終えた残りの休み時間で、彼女の話を聞いていたことを澄は思い出した。
すっかり途中で上の空になってしまっていたのは、話の内容に問題がある。
「ごめんごめん、途中から完全に聞いてなかったかも。なんだっけ?」
「もぉ〜!本当に澄って恋愛の話に興味ないよね。この間協力してくれるって言ったじゃない。如月先輩のこと!」
「あぁ、そうそう。如月先輩ね」
すべて思い出したように澄は頷くと、スカートのポケットから二つに折り畳まれた紙を取り出し、申し訳なさそうに華恋の顔を見た。
「ほんとごめん…実はまだ渡せてないの」
気まずい思いで二つ折りの小さな紙を華恋に差し出す。
書いてあるのは彼女の電話番号と連絡ツールになるSNSのIDだ。
「やっぱり〜、そうだと思った。澄のことだから、忘れてたんでしょう」
「うん…そうなの。それで…これさぁ、やっぱり華恋から渡してみたら?その方が先輩に顔も覚えてもらえるだろうし」
探るようにそう提案し、華恋の表情を窺う。
一度引き受けたことなので、突き返すのに罪悪感を覚えてしまう。
澄の言葉に華恋は大きな瞳を更に見開くと、頬をみるみる紅潮させた。
「むりむりむりっ!先輩を前にしたら、考えてること全部吹っ飛んじゃうよ」
ぶんぶんと首を横に振り、華恋は真っ赤な顔を両手で覆った。
「そもそも、何回も渡そうとして失敗してたから澄が自分から引き受けてくれたんじゃない…」
潤んだ瞳で見つめられ、澄は「うっ…」と言葉を詰まらせた。
華恋の想い人である一個上の如月先輩は、とにかくモテる。
彼女なりに教室、廊下、帰り道。いろんな所で待ち伏せしては小さな紙きれを渡そうとしたが、あと一息の勇気が持てず渡せずじまい。
普段強気な華恋の女の子らしい一面を前にして、見かねた澄が「私が渡してあげる!」と自信満々に引き受けたのだ。
この状況は完全に自分に非がある。
「そうでした…ごめんね!今度こそちゃんと渡してくるから!」
「…うん。ありがとう、澄」
安心したように笑顔を見せる華恋に、澄の心はぎゅっと締め付けられた。