Episode.3



清楚なグレーの襟付きワンピースに着替えた雛は、ティーテーブルを前に椅子に腰掛け、ご機嫌な様子でフルーツタルトを頬張りながら対面に座る葵を見つめた。

お茶菓子を手に部屋に入って来た彼を半ば強引に椅子に座らせ、改めてテストの答案用紙を手渡したのだ。

葵はいつもの無表情で一通り答案用紙に目を通すと、口許に穏やかな笑みを浮かべて雛へと視線を送った。

「小テストとは言え、苦手な算数で満点を取れるなんて素晴らしいですね」

優秀な執事からの褒め言葉に雛は咀嚼していたタルトを飲み込み、待ってましたとばかりに満面の笑みを返す。

「葵が勉強を教えてくれたからだよ!分かるようになったら算数も楽しいの。全部葵のお陰だよ。ありがとう!」

「お役に立てたのでしたら光栄です。お嬢様が毎日努力を重ねられた結果ですよ」

「えへへ。いっつも葵にしてもらってばかりだから、私もなにかできたらいいんだけど」

「……なにか、とは?」

「葵が喜ぶこと!」

なんの含みもなく純粋に向けられた笑顔に、葵は誰にも分からないほんの僅かな驚きを漆黒の瞳に映して、薄い唇を閉ざした。

人知れず暗い過去をもつ葵にとって、ただただ自分のことを想って発せられる雛の言葉は、理解に苦しむものだった。

「お気持ちだけで充分ですよ。お嬢様に喜んで頂けることが、私にとって何よりも嬉しいことですから」

「え〜、そんなこと言われたらなにもできないよ」

残念そうにしている雛へと葵は静かな笑みで応えると、「おかわりはいかがですか?」と美しい所作で立ち上がった。

空になったティーカップにくすみのない鮮やかな色合いのミルクティーが注がれ、湯気が揺蕩う。

ひとつひとつの動きが優雅で、文句の付け所のない葵の立ち居振る舞いを目で追いながら、雛はそっと彼の端正な顔を見つめた。

葵自身は気付いていないのかもしれないが、雛にはこの隙のない執事が時折見せる、どこか陰りのある表情が気になって仕方がない。

六歳の頃に母を病気で亡くしてから塞ぎ込みがちだった雛は、人一倍他人の感情に敏感なところがある。
自分のことなどまったく打ち明けることのない葵には、何か大きな悩みがあるのではないかと、雛は密かに心配していた。


葵が元気になるには、どうしたらいいんだろう……。

ミルクティーの注がれたカップを両手に考えながら、目の前に立つ執事に視線を送る。
目が合えば少しの笑みを返され、ぽっと頬に熱が帯びる。


葵のちゃんと笑った顔を、見てみたいな……。

ほんのりと宿った気持ちを胸に、雛は温かなミルクティーをこくりと静かに飲み込んだ。




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