Episode.11


コンコンとドアをノックする音が室内に響くと、ベッドで横になっていた雛は重たい瞼を開いた。
昨日眠れなかったことが響いているようで、夕食とお風呂を済ませた後に少し眠ってしまっていたようだ。
気怠い躰を起こして瞼を擦りながら自室のドアを開き、見慣れたスーツ姿の人物を視界に入れる。

「葵……」

「お疲れ様です、雛さま。もう寝ていたんですか?」

「うん……、なんだか眠くて。少し寝ちゃってたみたい」

いつもの無表情な執事の顔を見上げ、雛はすぐさま目を伏せた。
よく分からない気持ちが空回って、目を合わせていられない。
すごく会いたかったような、会いたくなかったような、複雑な気持ちだ。

「あの、葵……私、今日はもう寝るから。葵ももう部屋で休んで」

顔を伏せたままそう伝えれば、沈黙が二人を包んで気まずい空気が流れる。
相変わらずのポーカーフェイスで自分を見ているのだろうと思うと、なんだか緊張してしまう。

「……今日一日、なぜ私のことを避けているのでしょうか?」

「べ、別に、避けてなんていないよ……」

「では、私の目を見て言ってください」

ぐっと唇を結んで言葉に詰まる雛を見下ろしていた葵は、返事を待つでもなくいつもの単調な声で続けた。

「人が来ますよ」

「え?」

「入れてくれないんですか?」

はっとして顔を上げた雛は慌てて抑えていたドアを大きく開いて葵を部屋へと招き入れ、静かにドアを閉めた。
葵が部屋を訪ねてきたところを人に見られてしまっては、屋敷内であらぬ噂を立てられてしまう。

閉めたドアに背中を預けて雛は小さく溜め息を吐き出すと、諦めたように長身の執事を見上げた。

「葵……、今日私、黒羽さんと話したのだけど。どうして何も教えてくれなかったの?」

「……何がですか?黒羽さんがすべてご存知だったということでしょうか?私たちのことは黒羽さんしか知りませんし、わざわざ報告することでもないと思ったのですが」

「報告することじゃないって……黒羽さんが知っていることもそうだし、何より貴方に大きな負担が掛かっていることぐらい教えてくれてもいいでしょう……!知っていたら私っ……こんな無理を言わなかったのに」

「無理などではありません。黒羽さんとの交渉が成立し、特に問題がなかったのでこうしています。私の負担など微々たるものです、今までと大して変わりません」

「……いつもそう。そうやって、私を甘やかす。何も知らない呑気な私は、後になって思い知る。葵が傍にいてくれればいいの。貴方の負担になるようなことを言っている時は、きちんと教えてほしい」

泣き出したい気持ちを抑えて唇を噛み締めれば、想いが届いているのかいないのか、葵は表情を変えることなく首を小さく横に振った。

「雛さまの頼みごとは、私にとって負担でもなんでもありません。普段我儘を言わない雛さまの頼みごとを引き受けることは、寧ろ嬉しいことです。私の心配をしてくださるそのお気持ちだけで、充分幸せですよ」

一歩も引かない執事の言葉に雛はむっと眉間に皺を寄せ、寝間着として着ているワンピースの腹部をぎゅっと握った。
抑揚のない機械的な声で話しているというのに、葵の言葉に嘘がないことだけは分かってしまうのだ。

「……じゃあ葵は、私のお願いごとなら喜んで聞いてくれるのね?」

「私にできることでしたら」

「ふーん……そう。ではお願いと言う名の我儘を言いましょう」

「どうぞ」

「……葵の部屋に、女の子を入れるのはやめて」

眉を不安気に寄せ、睨むような視線を雛から送られた葵は、表情を変えないまま僅かに首を傾けた。

「分かりました。とは言え、最初から部屋に女性を入れた覚えはありませんが」

「うそ!風のうわさというやつで聞いたの!葵の部屋を女性が訪ねてるって」

「……風のうわさとは、随分周りの方とコミュニケーションが取れているようで安心しました」

「からかわないで」

「部屋を女性が訪ねてきたことは何度かありますが、一度も中には入れていません。ここで私がそのような軽率なことをするように思えますか?」

口許に薄っすらと笑みを浮かべて葵は懐疑的な表情をしている雛の顔を覗き込んだ。

「これでおしまいですか?」

「……なんですんなり分かったなんて言うの」

「こんなことは、我儘でもなんでもありませんから」

まるで気にも留めていないようにそう言われては、嬉しいのか悲しいのか分からない。

葵はなんにも分かっていない。
従う立場の相手に自分の欲を押し付けるのは、命令しているのと何が違うのだろう。
葵は自分自身が我慢を強いられることに関して、私の頼みを断ることなんてないのだから。

雛は無言で葵の手を取ると、彼の手にはめられた白手袋をそっと外して床に落とした。
剥き出しとなった葵のひんやりとした冷たい手を引き寄せ、火照り始めた自分の頬へと手のひらを当てる。

「……我儘きいてくれるなら、昨日の続きをして。ちゃんと、最後まで」




  
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