▼ Episode.5
仰向けに横になったままの雛によって腕を掴まれた葵は、眉ひとつ動かすことなく彼女を見下ろした。
「どうかしましたか?雛さま」
つい先程まで妖しい雰囲気を纏っていたはずの執事が、今では何事もなかったかのように相変わらずのポーカーフェイスで自分を見つめている。
あれだけ人の心を掻き乱しておきながら、なぜこんなにも平然としていられるのだろうか。
葵に触れられたことでほんのりと熱を持った躰に虚しさを感じ、雛は手にした避妊具にきゅっと力を込めた。
「自分だけ全部解決したみたいな顔して、ずるいよ」
「……ずるい、ですか。では雛さまは、何をお望みですか?私の我儘で失礼なことをしてしまった罰は、いくらでもお受けします」
「罰なんて、そんなこと……」
葵の腕を掴んだ右手をそっと緩めると、雛は思案気に目を伏せた。
何一つ分からない彼の行動の意味を知りたくても、きっとまたはぐらかされるに違いない。
男性に躰を触らせるなというのは、葵のことも指すのだろうか。触れてほしい相手なんて、最初からずっと葵だけだというのに。
「じゃあ……、さっきの続き、して。私が分からないこと……葵が教えて」
伏せていた瞳を上げて葵を見つめると、無表情の彼が珍しく虚をつかれたように顔色を変えた。
「それはさすがに、難しいお話ですね」
「どうして?葵、ついさっきまで私のスカートの中に手を入れていたこと、忘れたの?あれだけ大胆なことをしておいて、今更その続きができないなんておかしいでしょ」
「……困りましたね。それを言われてしまうと、返す言葉がありません」
「そうでしょうね。首にされてもいいとまで言っていた強気な私の執事はどこに行ったのかしら」
「雛さまには敵いませんね、本当に」
僅かに困ったように笑みを見せる葵の姿を見て、雛は満足して溜飲を下げた。
何度訊ねたところで本音を見せないポーカーフェイスのこの執事には、少しぐらい意地悪をしても許される気がした。
「それじゃあ、続きをする気になった?」
「雛さま、そのように男を誘うのは、あまり感心しませんね」
「ふーん……そう、ならもういいよ。性的なことは気持ちがいいって私の婚約者様が言っていたから気になっていたけど、葵に教えてもらわなくても、言っていた本人に教えてもらえばいいことだもんね」
掴んでいた葵の腕を離して雛は躰を起こすと、ふいっと顔を背けた。
これだけ挑発するようなことを言えば、少しは怒ったりするだろうか。葵が感情を動かす様をもう一度見たいとはいえ、この発言に効果があるかどうかは定かではない。
「……なるほど」
ぽつり、小さく呟かれた言葉に、雛は思わず背けていた顔を葵の方へと向けた。
顎に手を当て冷静に考える素振りを見せた葵は、雛の視線に気が付きその鋭い瞳で彼女を射抜く。
「危険な芽は摘んでおいた方がいい、ということですね」
「え……、どういう意味……?」
「今回のような事が起こらぬよう、雛さまのその旺盛な好奇心を満たして差し上げる必要があるということです。主の望みを叶えるのは、執事の務めですから」
「そんな、仕事みたいに言うこと……?」
「いえ、後で取り返しのつかないことになって、苛立つのが嫌なだけですよ。試されているのは、理性と忍耐力でしょうか」
そう言って口許に薄っすらと笑みを浮かべた葵には、雛の考えなどお見通しと言わんばかりの余裕が感じられた。
どうしてこうも乱されるのは自分ばかりなのだろうかと、雛は不満そうに忠実な執事を見つめた。
「……気持ちいいこと、葵が教えてくれるの?」
「いいですよ。他の男性のところに行かれるぐらいなら、私が教えて差し上げます。その代わり、服はご自分でお脱ぎください。それができないようでしたら、その好奇心はいつかの為にしまっておいてください」
笑みを向けたままさらりと言ってのけた葵の言葉を理解するまでに、数秒の時間がかかった。
「気持ちいいことを教えてほしい」などと、深く考えずに発言していたことに思い至ると、雛の頬は瞬く間に真っ赤に染まった。
服を脱ぐ必要があるということに、なぜ気が付かなかったのだろう。
葵に触ってもらえるチャンスがあるとしたら、彼が自ら雛との距離を詰めた今日しかない。
繋ぎ留めたい一心で発した言葉の意味を理解すると、雛は今頃になって深い羞恥心に襲われた。
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