Episode.2



蒼井陽介という婚約者のことは、知れば知る程不思議な人だと思った。

車で送迎してもらうこともなければ、高そうな物も身に着けていない。
幼小中とエスカレーター式の私立学園に通っていたが、高校からはわざわざ公立の方を受験したとの事だった。
使用人には優しいらしく、同い年の雛のことは特に気にかけてくれている。
まだまだ分からない事だらけだが、悪い人ではないのだろうなと、この数日で雛は随分陽介への印象を和らげた。

…同い年の男の子というのは、もっと話しづらいものだと思ってた。

普段お嬢様学校に通っている雛にとって、同い年の異性との接点は少ない。
たまに出向くパーティーで出逢う男性達は、皆紳士的で爽やかな笑顔で話しかけてくれるが、人見知りの気がある雛にとってその場所はあまり好ましいものではなかった。

陽介との会話はまるで苦に感じないのだから、これまた不思議なものだった。


考え事をしながら自室へと続く廊下を歩いていると、まだ仕事中であろう葵とばったり出くわした。

「北村さん、ぼーっと下を向いて歩いていては危ないですよ」

顔を上げた先に表情の無い綺麗な顔をこちらに向ける葵を認め、雛はほんの一瞬躰を強張らせた。
葵の前で涙を流したあの日からも、彼はいつも通り、まるで何事もなかったかのように雛に接している。
それが嬉しいことなのか、悲しいことなのか最早よく分からない。

「えっと…ごめんなさい。あの…柏木さん、ちょっといいですか?お部屋で話したいことがあります」

きょろきょろと周りに人がいないことを確認し、葵を自分の部屋へ招き入れた。
ぱたんと静かに自室のドアが閉まるのを待ってから、雛はドアの前で気まずそうに目の前の葵に視線を向けた。

「葵、あのね…私、もう夕食を済ませたの。このあと彼の部屋でお茶をご馳走になることになっていたから、早めに上がらせてもらえて」

「…陽介様のお部屋に招待されたのですか?いつの間にそんなに仲良くなられたのですか」

「仲良くっていうか…外掃除の時に話す機会があって。葵も自分の仕事が終わったら今日は部屋に戻って休んで。私の所には寄らなくていいから」

雛の言葉を聞いた葵は暫く彼女を見つめて黙っていたが、呆れたような深い溜め息と共に形の整った薄い唇を開いた。

「私は反対ですよ、陽介様のお部屋に行くのは」

静かな室内にきっぱりとした低い声が響くと、雛はきょとんと目を丸くして三十センチ近く身長の離れた相手を見上げた。
聞き間違いだろうか。

「…どうして?せっかく彼のことを良く知る機会なんだから、行かないのは勿体ないでしょ」

「どうしてかは、雛さまのその発言にすべて込められています」

「え?私…、変なこと言った?」

訳が分からないと言った表情で首を傾ける雛の背後のドアに葵はそっと左手を付けると、その端正な顔を彼女へと近付けた。
吐息がかかる程に近付いた顔に驚いて雛は息を呑み、黒曜石のような葵の漆黒の瞳から目が離せなくなった。
逸らすこともできずに見つめていた葵の口許がゆっくりと歪むと、心臓が一気に早鐘を鳴らす。


「…失礼を承知で伺いますが、雛さまは男性経験はおありでしょうか?」





  
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