◎新年のご挨拶:過去拍手
特別short story
※5章が12月のお話なので、そのあとの二人です。
旧年から新年へと年を越したその瞬間、宮藤の携帯電話は静かに振動した。
画面に映し出された名前を確認するなり、ソファに座って特に見るでもなく付けっぱなしにしていたテレビの音量を一気に下げた。
「なに」
通話へと画面を指でスライドさせ、発信相手に低い声で応答する。
「せんせぇー!あけましておめでとうございますっ!」
耳元で明るい声が響くと、宮藤はうるさそうに携帯電話を僅かに耳から離した。
「あー、あけましておめでとう。つーか浅見、日付が変わった瞬間電話してくんなよ」
「え、だって一番に先生の声聞きたかったから」
電話の相手である蓮の嬉しそうな声を聞いただけで、彼女がどんな表情をしているのかすぐに想像がついた。
明確な要件の無い電話は好きではない宮藤だが、もう少しこの声を聞いているのも悪くないような気がした。
「先生は今何してるの?一人?」
「一人に決まってんだろ。酒飲んでる」
「うわぁー、お休み中ずっと飲んでるの?一人で寂しくなってない?」
「寂しくないし、酒はこれからが本番だ」
言うなり宮藤はごくごくとビールを喉に流し込んだ。
正月は昼間から酒を飲んで、それなりにぐうたら過ごす気でいる。
誰に咎められる事もない、気楽な独身生活を毎年こうして謳歌しているのだ。
「お酒はほどほどにね。先生一人で過ごすんだったら、一緒に年越ししたかったなぁー」
「卒業するまでは我慢しろよ。家族で過ごす時間なんてのは、そんなに長いもんじゃないんだから」
「……先生が先生っぽいこと言ってる」
「先生だからな、一応」
「ふふ、でも先生がどうしても私に会いたくなったら飛んで行ってあげてもいいよ」
「……会いたいのはお前だろうが」
「気付いちゃった?先生の声聞いたら、もっと会いたくなっちゃった」
そう言って小さく笑う蓮の声を耳にし、宮藤はソファの背もたれへと躰を深く預けた。
電話というのは便利なものだが、これは確かにもどかしい。
こんな風に思う事すら、今までなかったというのに。
「新学期始まれば、嫌でも会うだろ」
「え〜、それはそうだけど、なんか違うって言うか。先生は私に会いたいと思ってくれないの?」
「……面倒くさい奴だな、お前は」
「面倒くさくていいもん。先生のあま〜い言葉なんて、こっちから聞かなきゃ聞けないんだから」
「……寒いこと言うなよ」
心底嫌そうに宮藤が言葉を吐き出すと、蓮は楽しそうにけらけらと笑いだした。
携帯電話の向こう側から聞こえる笑い声は、こんなにも感情を揺さぶるものだっただろうか。
これは完全に彼女の思い通りになっているのでないだろうかと、宮藤は自分に呆れながらも思わず口角を上げた。
「……まぁ、お前の元気な声聞いてたら、俺も少しは……会いたくなったよ」
囁くような低い声で思わずそう口にすると、機械越しに蓮の息を呑む気配を感じた。
恐らく顔を赤くしているのだろうと、手に取るように分かるのだから不思議だ。
「せ、先生っ、いきなりはだめっ……!心臓が持たない!今!もう一回言って!」
「はぁ?言うわけないだろ」
「言って下さいっ!お願いしますっ……!」
「言わん」
「そんなぁ〜!!」
「うるさい奴だな、お前はほんとに」
うんざりしたように眉間に皺を寄せて言いながらも、どこか楽しそうに宮藤は口許を緩めた。
新年早々蓮の存在の大きさを宮藤は感じていたのだが、勿論彼女に言うつもりはなかった。
END.