式の当日-B


冷たい瞳が加賀美を射抜くと、背中をひやりとした汗がつたう。
口許に笑みを湛えているはずなのに、その表情は暗く恐ろしい。

今にも逃げ出したい衝動に駆られながらも、加賀美は目の前にいる咲弥へと強い視線を向けた。

「わ、私は、咲弥様のことを裏切ったりなど致しません…!」

震える声できっぱり言い切ると、咲弥はほんの一瞬困ったような笑みを見せた。

『…怒るなよ、悪気はないんだ。俺は誰も信じられないようにできている』

そう言って困惑する加賀美から距離を取ると、腕時計で時刻を確認した。
自宅を出る時間は、少しずつ迫っている。


『…加賀美、俺は忠告しているんだ。乃愛の事が知れた時、お前が一番ねじ伏せやすい。俺が探りを入れる側なら、間違いなく最初にお前を拷問する』


咲弥の言葉に加賀美は戦慄すると、顔を真っ青に染めた。
この歪んだ屋敷において、それは実際に起こり得ることだった。

『……お前が乃愛を裏切ったら、それでおしまいだ』

静かに発せられるその言葉に、加賀美は試されているのだと察した。
乃愛を裏切らない。
その揺るぎない確信を、彼は求めている。

乃愛の純粋さも、咲弥に愛されている事実も、この屋敷においてそれを知っているのは今ここにいる二人だけ。

この屋敷の人間は、綺麗なもの程穢して壊したがる。
乃愛など一目見るだけで、その美しさに気付いてしまうだろう。

加賀美は震えて冷たくなった指先をぎゅっと握りしめた。


「私は…、この身が焼かれても、乃愛様のことを裏切ったりは致しません。絶対に、私がお守り致します」


口をついて出た言葉は、真実だった。
彼女の為なら死んでもいい。
そのぐらいの覚悟で今は傍にいる。


『……それが聞きたかった』


そう言って咲弥は口許に笑みを浮かべると、加賀美の方へと近付き優しく彼女の頭を撫でた。
初めての感覚に、加賀美は驚いて顔を上げる。

『…脅して悪かった。大丈夫だ、俺がそんなへまはしない。乃愛の事が知れることは絶対にない。お前の事も誰にも傷付けさせない』

「咲弥様…」

『もしもの事があっても、乃愛とお前二人を逃がしてやるぐらいの力なら俺にはある』

穏やかな笑みを浮かべる咲弥の顔を、加賀美は呆気に取られたままじっと見つめた。
乃愛に見せるような表情が、自分に向けられている。
こんな顔を毎日見せられていたらと思うと、乃愛が咲弥を慕う気持ちも分かるような気がした。

『…そろそろ時間だ、俺は行くぞ。乃愛のことは任せた』

腕時計を確認して咲弥がそう呟くと、加賀美はふと彼の首元が気になった。

「あ、あの、咲弥様…、首のところ…お怪我でも…?」

『…ああ、これはいいんだ。今日を乗り切る為の、御守りみたいなものだ』

首にある赤い痕に手で触れながらにやりと口角を上げて笑う咲弥に、加賀美は数回瞬きをした。


見た事のない顔だが、どこか嬉しそうだ。


間違いなく乃愛が関係している。
それに気付くと、加賀美は思わず口許に笑みを浮かべた。
ドアの方へと颯爽と歩いていく咲弥の背中を見つめ、彼の背負うものを自分も一緒に背負っていく覚悟を決める。



「咲弥様、本日はご結婚おめでとうございます」


「お気を付けて、いってらっしゃいませ」



背筋を伸ばして綺麗に一礼すると、出て行く背中を見送った。





END





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