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一般公開されたことにより沢山の人が校内を行きかい、和風喫茶をやっている蓮のクラスも予想以上の人が集まって大盛況だった。
男女共に和服姿であることも他のクラスや他校の生徒から好評で、午前中の接客を担当していた蓮や秋歌が休憩に入れたのは、十二時を過ぎてからになった。
「疲れたぁ〜。お腹も空いたし、何か食べに行こうか」
「そうだね。蓮は宮藤先生のとこに行かなくていいの?」
「そうしたいけど……、あっ!」
下駄を鳴らして自分のクラス前の廊下を歩いていた蓮は、人波の中で一人の少年を見つけて表情をぱっと明るくした。
「耀くん!来てくれたんだ!」
まだ幼さを僅かに残した蓮に似た顔立ちの少年は、並んで歩く浴衣姿の二人を認めるなりその場で立ち止まった。
「姉ちゃんが来いって言ったんだろ」
「耀くん、一人で来たの?」
「いや、あと二人いる。お化け屋敷入るって言うから、俺だけこっちに来た」
「そうなんだ、私たち今ちょうど休憩に入ったんだよ」
蓮の弟である中学三年生の耀(ヨウ)は、愛想のない顔で「ふーん」と相槌を打つと、興味なさそうな素振りで視線をすれ違う人へと移した。
蓮と一個違いの弟の耀は、顔立ちは似ているが性格に関してはまるで似ていない。
普段から元気で明るく少し危なっかしいところがある姉とは違って、冷静でしっかり者なのが弟の耀だ。会話中どちらが年上だか分からなくなることなどは頻繁にある。
「耀くん、久しぶりだね。また背伸びた?」
「……まぁ、少し」
笑顔で声を掛けてきた秋歌にも素っ気ない返事を返す耀の姿に、蓮は口許に浮かべたにんまりとした悪戯な笑みを片手で覆い隠した。
「うふふ、耀くんにね、秋歌も浴衣着てるから見に来なよって言っておいたの」
「…姉ちゃん、聞こえてるんだけど」
秋歌の耳元でこそこそと話す蓮を不快そうに睨んだ耀は、低い声で姉を咎めて小さく溜め息を吐き出した。
昔から耀が秋歌にひっそりと想いを寄せていることを知っている蓮は、照れているのを隠そうと表情を険しくしている弟の様子が可愛くて仕方ない。
ここはひとつ姉として弟の恋を応援しようかと考えあぐねているうちに、機転を利かせた秋歌が先に優しげな声を発した。
「蓮、せっかくだから宮藤先生のところに行って来たら?耀くんは私が案内しておくから」
「えっ!!いいの!?」
「もちろん。耀くんはいいかな?」
「別に…いいけど」
「秋歌〜ありがとぉ〜!女神さまぁ〜!」
「大袈裟だから。早く行っておいで」
苦笑する秋歌へと拝むように両手を合わせた蓮は「ちょっと行ってきます!」と元気に小走りで駆け出した。
浴衣であることも気にせず走り出した蓮の後ろ姿を見送りながら、秋歌と耀はその危なっかしさに揃って肩を竦めた。
◇◇◇◇
先生がいない!どこにも!!
つい先日文化祭で何をしているのか宮藤に訊ねた時は、確かに外の見回りをしていると言っていたというのに。
各教室はもちろん、中庭、体育館、模擬店が出店されている周辺を探し回っているのに、どこを探しても宮藤の姿が見当たらない。
職員室もちらりと覗いてみたが、当然いるはずもなく。
「なんでいないの…」
がっくりと肩を落として廊下をとぼとぼと歩いていると、前方に見覚えのある後ろ姿を発見し、蓮は思わず駆け寄った。
「まっつん!宮藤先生見なかった?」
生徒に愛称で呼び止められた担任の松本は、すでに浸透している呼び方には気にも留めずに爽やかな笑みで蓮へと顔を向けた。
「おー、浅見。今クラスの方に様子見に行こうと思ったんだけど、どうだ?大丈夫そうか?」
「大丈夫だと思う、結構お客さん来てるけど。あの、それはいいんですけど、宮藤先生見かけませんでした?」
「宮藤先生なら、今交代で休憩中だよ。どっかでお昼食べてるんじゃない?」
「どっかって、どこ!」
「え〜、さぁ…、人のいない静かなとこじゃない?宮藤先生のことだから」
考えるように首を捻った松本の様子に、蓮は目をぱちくりと瞬いた。
「あっ!!」
盲点だった。文化祭の真っ最中なうえに、別棟は文化祭では使用していない為、探そうとも思わなかった。
宮藤と言ったら、もうあの場所以外にはないというのに。
「まっつんありがとー!ちょっと探してみるー!」
お礼もそこそこに素早くその場を立ち去ると、蓮は宮藤が常に居座っている別棟三階にある社会科準備室へと急いだ。