18
校内に用のない生徒達が帰宅を始める放課後。
どうしようもないくらいの倦怠感を抱えながら、宮藤は廊下を歩いていた。
向かう場所は職員室だ。
今すぐ煙草に火を付けたい衝動を抑えて溜め息を吐き出すと、廊下の先へと視線を送る。
「あー、いたいた」
目を細めて声のする前方を睨み付けると、片手を上げてこちらに向かって来る蒼井の姿が目に入った。
瞬間、目の色を変えた宮藤がすごい速さで蒼井の元まで辿り着き、彼の胸倉を掴んでいた。
「…おっまえ、まじふざけんなよ。お前のせいであの後大変だったんだぞ!浅見が気失うまで何回付き合わされたことか……。俺は業務中だぞ、殺す気か!」
突然胸倉を掴まれながら凄まれた蒼井は一瞬きょとんとした表情を見せたが、すぐに口角を上げて楽しそうに笑った。
「それはお疲れさん、やっぱ効き過ぎたみたいだな」
「……他人事だと思いやがって」
「そりゃそうでしょ。それで、その肝心の浅見はどこに?」
まるで悪いとも思っていない顔で会話をしてくる蒼井にうんざりすると、宮藤は胸倉を掴んでいた手を離した。
「浅見は社会科準備室で寝てる。俺がいると誰か来る可能性があるからな。鍵閉め切って閉じ込めてきた」
「なるほど、それで珍しく職員室で仕事ってわけだ」
「…んなことより、浅見の奴は大丈夫なんだろうな。変なもの飲ませやがって」
「そうそう、その件で話があったんだよ。取り合えず今日の所は様子見で浅見を連れて帰ってくれ」
「はぁ?どこに?」
「どこって、アンタの家だろ」
唐突な蒼井の言葉に、宮藤は眉を寄せた。
家に連れて帰るとは、また無理難題を申し付けてくる。
「あのなぁ、アイツはいつ目を覚ますんだ?バレずに抱えて駐車場まで行くのは相当厳しいぞ」
「ふん、それぐらい頭使って何とかしろよ。アンタが浅見を連れて帰らないなら俺が連れて帰るけどいいんだな」
とても教師に発言しているとは思えない物言いで蒼井は不機嫌そうに言うと、廊下の壁に背中を預けた。
ふてぶてしい生徒を目の前に宮藤は眉間を押さえ、今日一日だけで何度目かになる深い溜め息を溢した。
「…分かった、連れて帰ればいいんだろ」
「最初から素直にそう言ってくれよ。人がずっと狙ってた女とヤルことヤッたんだ。少しは苦しんでもらわないと割に合わない」
「……お前そんなに浅見が好きだったのか」
「…アイツは別物。俺の家柄を知っていても、いつも普通でいてくれる」
思いがけず素直に発せられた言葉に、宮藤は意外そうな目で蒼井を見つめた。
これは間違いなく本音だ。
蒼井は壁に背中を付けたまま宮藤の方へと視線を向けると、にやりと口許に怪しい笑みを浮かべた。
「…それで言うとアンタも同じだ。教師なんて特に媚てくるが、アンタは違う。浅見の選んだ相手がアンタじゃなかったら、絶対に渡したりしなかった」