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宮藤に振られてから、数日が経った。
あの日から蓮は一度も社会科準備室には行っていない。
生徒としての用事がないのだから、行く理由もない。
近付いたと思ったら、一気に離れて行った。
少しは生徒としての枠を越えて特別な存在になれているだろうかと思っていた矢先の出来事だった。
自分が宮藤にとって迷惑な存在でしかなかった事が、悔しくて悲しい。
失恋というものは、一体どうやって乗り越えていけばいいのだろうか。
振られたからと言って、すぐに気持ちを切り替えられるものでもない。
宮藤の事を考えるだけで、こんなにも胸が苦しい。
…先生を忘れることなんて、できるのかな。
すっかり抜け殻状態になってしまった蓮は、人と話している時以外はぼんやりとしている事が多くなった。
なんと言っても一番辛いのは宮藤の授業だ。
顔を見ると、どうしようもなく近付きたくなる。
会いに行かない事はできるが、授業ばかりは避けようもない。
時間割を確認して、蓮は深い溜め息を漏らした。
五限目は宮藤の授業がある。
この昼休みが終わった後は、嫌でも宮藤の顔を見ることになる。
まるで何事もなかったかのようにしている姿を見るのが、辛くて仕方がない。
「おい、浅見」
呼び声と共にがんっと後ろから椅子を蹴とばされ、蓮は苛立ち混じりに振り返った。
「もぉ!いちいち蹴らないで普通に呼ぶだけでいいでしょ!蒼井のばか!」
「…悪い。浅見、いいからちょっと顔かせ」
後ろの席に座る蒼井が、相変わらずの大きな態度で顔を動かして廊下の方を合図する。
付いて来いと言いたいらしい。
「なんなの、どこ行くの?」
蒼井に促されるまま教室を出ると、渋々後を付いて行く。
屋上へと続く階段を上がって行く蒼井の後ろを歩きながら、蓮は首を傾げた。
「ねぇ、上まで行っても何もないよ?屋上には行けないし」
「別に、どこでもいいんだよ。人がいなけりゃ」
「何それ。人に聞かれたくない話でもあるの?」
「…まぁ、そうだな。ちょっと話そうぜ」
そう言って蒼井は口許に笑みを浮かべると、最上階の階段に腰を下ろした。
すぐ後ろには踊り場から屋上へと続くドアがあるが、屋上への立ち入りは禁止されている。
人気の無い薄暗い階段が、ひんやりとした空気を孕んでいる。
「お前も座れよ」
「…わざわざこんなとこまで来て。蒼井の話に付き合える程今の私は余裕ないんだけどな」
ぶつぶつと文句を言いながらも、蒼井の隣へと腰を落ち着けた。
膝の上に両手を乗せて頬杖を付く。
「それで、どうしたの?何か相談ごと?」
「……お前、宮藤と何かあっただろ」
唐突にそう尋ねられ、蓮はぎくりと躰を固くした。
何故、そんな事が分かってしまうのか。
「べ、別に、何もないよ…!」
「…自分がとてつもなく顔に出るタイプだって知ってるか?」
「えっ」
「お前の顔見りゃ大抵のことが分かる」
じっとすぐ横で顔を見つめられ、蓮は口を噤んだ。
感情が顔に出やすいとは言われた事があるが、そんなに分かりやすいのだろうか。
何もかも見透かしているような瞳に射抜かれ、蓮は思わずたじろいだ。
「…振られたのか、宮藤に」