藍ノ昔噺

※青藍の楽師


「名前さ〜ん!迎えにきったよ〜!」
「望くん」

今年もそろそろこの地の伝統、“神楽祭”が行われる季節が近づいてきた。青藍にある学校の楽師コースに通っている私は、ありがたいことに神楽祭で楽団の一員として参加出来ることになった。それなりに頑張ってきたし努力が報われた結果だから諦めないで良かったと思う。それに何より今年の神楽祭では“彼”が舞手のひとりに選ばれたのだからより一層気合をいれなければならない。

「それにしても空もやるよね〜!ジンクスとしてあったことだけど、目尻の紅は好きな人や恋人にいれてもらうと末永く幸せになれるってやつ信じて頼むんだもんね!」
「……そうなの?」
「えっ、名前さん知らなかったの。オレてっきり知ってるものだと……やっべ怒られるわ」

楽師コースに通っているはずの望くんが今回舞手として舞台に上がることを聞いた時は驚いた。それでも彼のポテンシャルはそんな事を感じさせず、学生の多い青藍の明るい特性を前面に出している。
そして今回舞手であるはずの望くんが楽師である私を呼びに来たのは、恋人である空が化粧の手伝いをしてほしいと言ってきたからだ。今回青藍の柱として舞う彼は伝統的な化粧として目尻に青い紅を差すらしい。楽師である私は神楽祭のことになぞらえた歴史は学ぶけれど、舞手に関してのことまでは流石に詳しく習っていないから知らなかった。
それにしてもそんなジンクスがあったなんて……。頼んできた時はそんな素振り見せなかったけど、空は分かってて私に頼んできたんだよね?そう思うと少し顔が熱くなってくる。緩んでしまう口角をきゅっと締めてにやけないようにするのに必死になった。

「あれ、名前さん。どうなさったんですか?楽団の準備中じゃ……」
「廉くん。空にお化粧の手伝い頼まれてて。どこにいるかな?」
「空先輩なら天幕の中に居ますよ」
「ありがとう。お邪魔するね」

丁度天幕の中から出てきた廉くんから空の居場所を聞けば左奥の方にいるらしい。中に入ると目の前で衣装の調整をしている守人くんと目が合う。軽く会釈だけして奥に向かうと、肌を整えてるらしい空の姿が見えた。

「そーら。お待たせ」
「名前ちゃん!化粧頼んでごめんね。ありがとう」
「ううん。こういうのって化粧師の人がやるんだと思ってたけど、私でいいの?」
「うん、名前ちゃんがいいんだ!」

いい笑顔でそんなこと言うんだからやっぱり胸が熱くなってしまう。道具自体は用意されてるし化粧自体も紅を除けば目を引き立てる以外特段変わったことはしなくていいらしい。

「男性にお化粧したこと無いけど、目の感じとか私と同じ感じでいいのかな?」
「アイライン濃いめにして紅化粧するって言うのは聞いたけどそれ以外は特になにも」

ぱふぱふと粉を叩きながら聞く。目を閉じてじっとされているとどうもキス待ち顔のように見えて少しだけ恥ずかしくなってしまう。今まで何度もキスしてきてるはずなのにな……。
そういえば自分では守人くんや宗司くんがイケメンだとか爆発しろだとかあーだこーだ言っているみたいだけどこうして近くで顔を見ると空だって目鼻立ちがくっきりしている。自分にとって他人がかっこよく見えるように、私からしてみれば空だって十分かっこいいし、むしろ空の方が……、なんてそんなこと考えてないで集中しなきゃなんだけど。
そのまま目を閉じていて貰ってアイラインを引いていく。舞台の上でも映えるように少し濃いめに長くして。
それが終わればついに紅化粧だ。さっき望くんに言われたことを思い出して息を飲む。末永く幸せになれる、だとかあくまでジンクスだから信じているわけじゃないけどあやかりたいって思うのは当然の心理なのかもしれない。それを知ってなのかさっきよりも力の入った様子の空。心なしか顔が赤くなっているように見える。

「じゃあ目尻の紅差すよ。力、抜いててね」
「う、うん……」

親指に青、青藍の紅を取る。そっと優しく目尻に差せば空の肌に深い藍が広がっていく。両目についたことを知らせると開かれる瞼。そのままこちらを見つめる姿に普段からは想像できないくらいの色気を感じた。艶やかで、男らしくて、女性を誘うかのような……。

「見ないで……」
「えぇ?!急にどうしたの?!」

正直こうなることは想像してた。けれど想像してたよりも実物がやばかった。ただ、それだけ。それだけのことなのに胸の高鳴りが治まらない。空って、こんなかっこよかったっけ……?

「け、化粧も終わったし、私もそろそろ戻るね!あとは化粧師さんに確認してもらって!それじゃあ!」
「あっ……!行っちゃった……」
「お前も罪な男になったな」
「やっぱあれって、そういう反応、だよね?」

真っ赤になって飛び出した自信がある。私今どんな顔してるんだろう……。近くで見たあの顔が頭から離れない。折角楽団で演奏出来る誉れ高い日なのに、集中出来なくてミスしてしまったらどうしよう……。そんなことを悩みながら楽師の天幕に戻った。


***


「名前ちゃん!」
「空、お疲れ様」

無事青藍の出番が終わった後のこと。心配は杞憂でミスすることなく自身の演奏は終えられた。戻って反省会かな、と思っていたら演技を終えたばかりの空が声をかけてきた。

「他の国の見に行かなくていいの?」
「これだけ伝えたら戻るから大丈夫。神楽祭が終わったら君に伝えたいことがあるんだ。だから、その、名前ちゃんの時間をくれるかな?」
「……うん、分かった」

それだけ伝えて戻っていった空。この場に及んでどんな目的か分からないほど鈍感じゃない。細かくこれかも、なんて所までは流石に分からないけれど十中八九ジンクスに関連したことだろう。
このあと何を言われても動揺しないように思いっきり自分の頬を叩いた。



会場近くの河川敷。後夜祭が行われている会場では今なお祭り囃子が鳴り響いている。そこから少し離れただけでお祭りが終わってしまった感じがするのは何故なのだろうか。

「名前ちゃん、お待たせ!」
「ううん。……あれ、まだ着替えてなかったんだ。それと……今回は残念だったね」
「いやあ今年の代は凄かったね!やっぱり漆黒と月白には敵わなかった!でも逆に凄い良い経験させて貰ったし!めっちゃ楽しかったし!」
「……無理、してる?」
「無理なんて、……あー悔しい!やっぱり悔しいや!」
「贔屓目かもしれないけど、私にはやっぱり青藍の舞が一番だったと思うよ」
「それは凄い贔屓目だ」
「そこは素直に受け取ってよ!」
「あはは!」

他愛もない話をしながらふたりで並んだ芝の上から川を眺める。今日は月が綺麗で水面に反射する光がより一層辺りを明るく照らしていた。そんな月を静かに見守るように先ほどまで楽しげに話していた空が急に黙り込む。意味もなしにこんな事する人じゃない。私は静かに空が話し出すのを待った。

「……本当は、青藍が花の王になれたら言うつもりだったんだけどさ」
「……なあに?」
「その、ジンクスに頼るのも良くないかな、とか考えたりもしたんだけど、あやかりたいとも思ってしまうわけでして……」
「……うん」
「……俺、名前ちゃんのことが好き。すっごい好き。これからも傍にいたいし、いて、ほしいと思ってる。だから、その……」
「…………」
「お、俺と、結婚……してくれませんか!」

“結婚”

その言葉が出て心臓が止まりそうになった。何を言われても動揺しないつもりだったのに、息が止まりそうで、呼吸が浅くて、顔も熱くて、目頭が熱い。いくらふたりとも結婚が出来る年齢だといっても私たちはまだ学生で、いささか気が早すぎるのではと思ってしまったこともたしか。けれど、それよりも、空が私と婚姻を結びたいと思うくらい好いてくれている事実に胸が締め付けられてたまらなかった。
“末長く幸せになれる”ジンクスに乗っかって「これからもそばにいて欲しい」とか「これからもよろしくね」とかそういうのは覚悟してたけれど、結婚、って言われるなんて。込み上げてくる熱いものが決壊して涙として溢れて止まらなくなる。

「そら……」
「うぇっ?!な、なんで泣いて、えっ、そんなに嫌だった?!」
「よろしくおねがいします……っ」
「よ、よかったぁ〜……!」

うれしい。しあわせ。胸の中が沢山の気持ちであふれかえる。好きだ、空が、そらのことが、変えようのないくらい好き。私が泣いたのがうつったのか、空からも鼻をすする音が聞こえてくる。二人泣きじゃくって、もし近くに人がいたら何事かと言われそうなほど声を上げて泣いた。

「そら、」
「なに?」
「“末長く幸せ”になろうね」
「っうん!」

お互いぐちゃぐちゃに崩れた化粧をみて、このままじゃ帰れないねなんて笑う。
いつか私たちの間に子供ができたとき、お母さんたちは神楽祭のジンクスで結婚したんだよ、って伝えてあげたい。そして、その子どもも空のように舞手になって花の王になってくれたら、その時はきっとこの上ない幸せがまっているのだろうか。
私がそんな想いを密かに抱いたなんて、空も、水面にうつるお月様も知らない。
いつかきたるその時までは私の胸の中にそっとしまっておくのだ。


おまけ



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